(92) ホタル

vagalume 2今日、久しぶりにホタルを見た。

グアルジャー島の自宅前から海浜まで200m余り続く草原に、それははかなげな光を放ちながら飛び交っていた。

去る4月、日本は始めての日系ブラジル人の連れ合いを伴って訪日した際、九州一周のパッケージ・ツアーに参加し、初めて南端の鹿児島にまで足を延ばした。そしてツアーの行程で、思いがけず、あの特攻隊の基地があった場所、知覧を訪れた。

基地跡に再建された、特攻隊員が出撃前の数日間、寝泊りしたという三角形の宿舎、復元された旧式戦闘機、それに彼らの遺留品を保管した博物館の存在は、訪れた人々に当時の様子を生々しく思い起こさせるのに充分で、さらに作戦で命を落とした隊員たちと同数あるという、1千200体余りのずらりと並んだ灯篭は、特攻隊が単なる語り草ではなく、まぎれもなく現実の、悲惨な出来事であったことを如実に物語っていた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAとりわけ特攻隊員の年令が、17才から22才の若者たちであったことに、私は強く胸をうたれた。というのは彼らと同じ年令で、ブラジルに一人で旅立った自分のことが、思い起こされたからだ。

出港前、神戸山麓にある移民収容所で数日間寝泊りした後、船に乗り込んだ18才の私には、遠い別世界に旅立てば、二度と祖国に戻れないかもしれず、見送ってくれた父母兄弟、友人、恋人とは今生の出会いは無いかもしれないという心の痛みと、未知の国に対する大きな不安があったが、それに勝る、どんなことがあっても生き抜こうという決意と、未来への希望があった。それに比べ、三角宿舎で数日間寝泊りした後、戦闘機に乗り込んで、死の世界に旅発った彼らの心境は、いかばかりのものであったろうか。

同伴した連れ合いはブラジル生まれの日系二世で、戦前に16才で家族とともにブラジルに移住した父親の年令を逆算すると、特攻隊員と同年代に当たることを知り、もし父の家族が移住せずに日本に留まっていたとすれば、父親は戦死していた可能性が高く、そうなると自分は存在しないことになるので、感慨深げであった。

私は、知覧の小さな売店の棚にあった「ホタル」というタイトルのDVDが目に留まり、思わず手を延ばした。ブラジルに戻ってから、高倉健主演のそのDVDを鑑賞したが、知覧の地を踏んできた直後だっただけに、涙が止まらなかった。そして今日、はかなげに草原を飛び交うホタルを見て、死に向かった一隊員が、ホタルになって基地に戻ってくるシーンを、再び感慨深く思い出していた。

映画で、生き残った特攻隊員を演じる高倉健が、レポーターの取材で語った「死んでいった者、生き残った者、どちらにとっても人生は決して生易しいものではない」というセリフは、「ブラジルに行った者、日本で生きた者、いづれの人生も決して生易しいものではない」と言っているように聞こえ、今回の訪日で再会した同窓生たちに、改めて深い親近感を覚えた。

さて、そのDVDを連れ合いに見せたところ、「極めて退屈だ」という。彼女は日本語が解るが、この映画のセリフは半分も理解できないという。従って映画の内容も半分位しか理解できないということで、特に感動した様子もなかった。そういわれてみれば「ホタル」は、戦争と敗戦という、日本人にしか理解できない背景があってこそ、セリフも内容も理解できる映画なのかも知れない。

彼女曰く、高倉健が演じる、いつもむっつりしていて、ポツリポツリしか話さない男性像は、ブラジルでいうと、亭主としては最も退屈なタイプだという。日本では伝統的に、同じタイプの亭主が絶対数では断然多いと思われるが、確かにブラジルには少ない(というか、ほとんど居ない)。初期の日本移民は、ほとんどの男性が同タイプだったと思われるが、移民の歴史が一世紀を経た今日、彼らの大部分は世を去り、世代が移って日系人も3世、4世の時代になると、日系男性たちの習性は一般のブラジル人たちとほとんど同じで、気持ちを態度だけでなく言葉で表現することが身についていて、女性に優しく、気配りすることを怠らない。

かくいう私も、今ではブラジルでは数少ない存在となった日本人男性であるが、過去に3回、結婚に失敗した原因は、ひょっとしてその辺にあるのかも知れない。

ブラジル生活が50年余にもなりながら、いつまでも「日本人亭主」を決め込んでいては進歩もなく、また連れ合いに見捨てられてはかなわないので、ブラジル人を見習って、せいぜい良きコミュニケーションを心がけ、女性に優しく、気配りを怠らないようにしようと思っている今日この頃である。  (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
カテゴリー: その他、色々 パーマリンク

(92) ホタル への6件のフィードバック

  1. yoshijiwada より:

    東海林さん

    ブラジルに50年・男のエッセイ中々良いですね。

    貴兄の50年のブラジル生活を総括するような時空を感じさせるエッセイです。

    これを『私たちの40年!!』メーリングリストに流させて貰っても良いですか?

    又寄稿集にも収録して置きたいと思います。

    宜しくお願いします。

    E-mail wada@sawayaka.com.br

    HP: http://www.sawayaka.com.br

    『私たちの40年!!』HP: http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/index.php

    『私たちの40年!!』関連blog http;//blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwaqda2 

  2. 大野直一 より:

    冠省、現在ブラジルの日系人から貴国の品物を日本に輸入しております。偶然に貴Blogを拝見いたしました。愚生は貴方とは少し年下ですが貿易でいろりおな国を訪れましたがブラジルと仕事ができて幸いでした。今後もご健勝で御活躍されるようにお祈り申し上げます。 不一 大野直一 拝

    • mshoji より:

      コメントをいただきまして、ありがとうございます。昨今のブラジル製品の品質はいかがでしょうか?

      • 大野直一 より:

        冠省、貴返信拝受多謝。返事が遅れてすみません。神戸高校の御出身ですね。愚生の父は神戸の出身でした。愚生は現在宝塚に在住しております。

        ブラジルとの仕事は難しいですね。以前には品物が無いのに見積もりを送ってきて、こちらはL/Cまで開設しましたが最後はNon-deliveryでした。昨年は新しい仕事を作って日本に送って貰うとサイズが微妙に違っていたりしておりました。良く言うと、おおらかかです。悪く言うと、いい加減なのでしょう。根本的に南欧気質が抜けないのかと思う次第です。とは言ってもパートナーの日系人が良い人で貴地で頑張ってくさいます。

        これからも無理をなさらず御自愛ください。 不一

        大野直一 拝

  3. 東海林 秀明 より:

    拝啓 正和伯父殿。
     ご無沙汰しております。秀明です。
     日本代表が、コンフェデ杯において世界との差を見せつけられ間もないですが、1年でその差をどこまで縮めることができるか、日本のクラブで働いている一人として、Jリーグのレベルアップこそが代表のそれに繋がると思いながら、これからも頑張っていく所存です。
     さて、昨年、今年とブラジルに出張する機会が無く、伯父殿の近況が分からない状態ですが、お陰様で、変わらず山梨のクラブで働いております。伯父殿もブログを拝見すると、お元気そうで何よりです。
     さて、本日の日本のスポーツ新聞(報知)に、日本代表のキャンプ地の候補に、モジが有力と出ていたので、思わずブログに書き込みをしました。ランチョは既にないことは知っておりますが、招聘に対し、多少なりとも協力されているのではないかと思います。ご存知かとは思いますが、現日本サッカー協会会長の大仁邦彌氏は、神戸高校サッカー部OBであり、父明の同級生です。父も頻繁に連絡を取ることは無いと思いますが・・・。何かあれば、父に連絡をして下さい。
     まだ、わかりませんが、来シーズンの編成等の関係で、ブラジルに行くことになりましたら、改めて連絡致します。雨が多い時期かと思いますが、ご体調にはくれぐれもご自愛ください。
                                                                  敬 具

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