(86)ブラジルの味、尻尾料理「ハバーダ」

最近、趣味が一つ増えた。離婚がもたらしてくれた、数少ないポジティブな結果の一つだ。思えば、26才で妻帯してから40数年(その間、伴侶は3回替わった)、食事を造ることはおろか、台所に足を踏み入れたことも、ほとんどなかった。3人目の妻が家を去ってから食事はほとんど外食で、出掛けるのが面倒なときは、即席モノで済ますことが多かった。

しかし、レストランで一人ポツネンと食事をするのは何とも侘しく、ラーメンなどの即席モノは繰り返す程に味けなく、チンすれば食べられる冷凍食品は、おいしそうなラベルのデザインに反して、どれもこれも味はイマイチだ。

そんな状況にイヤ気がさした私は、或る日「いっそのこと自分で造ってみよう。」と、思ったのがキッカケになって、インターネットからレシピをピックアップして、料理造りに挑戦してみることにした。

手始めに、炊飯器で炊くたびにいつも余って困るご飯を活用して、おっかなびっくりでレシピのプロセスに従って焼き飯を造ってみたところ、驚いたことにご飯がパラパラのおいしいチャーハンが出来たではないか!

これに気を良くした私は、焼きそば、親子丼、ちらし寿司など簡単な家庭料理を次々と「ものにしていった」といえば聞こえがいいが、実際は「レシピをこなしていった」という表現が適切であろう。

その内、レシピに明記されている「おおさじ2杯」とか「こさじ1,5杯」などの、調味料の分量を、いちいち量るのが面倒になり、勘でパッパッと入れるようになったが、味はイメージどうりに出るので、ヒョッとして自分には料理の才能があるのかも..などと、思いあがったりしている。

ある日、茶碗蒸しを造ったところ、その辺にあるチャチな和食レストランのものよりはるかに見栄えも味もいいものに仕上がったときには、今時のレストランは、軒並み研究不足で職務怠慢ではなかろうか、と思ったくらいである。

かくいう私も、1977年から10数年に亘って和食レストランを経営していた身であるが、当時、料理は全て板前に任せっきりで、料理の研究など、これっぽっちも考えたことがなかった。もしあの頃、もっと料理に関心をもって研究でもしていれば、今頃はレストラン経営で財をなしていたかも知れない。

当時、我がレストランでは外人(非日系)客向けのコース料理として「茶碗蒸し」「刺身」「てんぷら」「白身魚チーズ蒸し」という4品仕立てのメニューを用意していて、とても評判が良かったことを思い出し、試しに造ってみようと思い立った。

最初の3品はどれも日本料理の定番であるが、最後の「チーズ蒸し」は白身魚の切り身の上に薄く切ったセロリとしめじを敷き詰めて塩コショウし、ピザで使うムッサレーラ・チーズのスライスを一片のせ、アルミホイールで包んでオーブンで15分ほど蒸すというもので、板前が考えた、いわゆるオリジナル料理だ。

グアルジャー島特産の鱸(すずき)私は住居のあるグアルジャー島特産の鱸(すずき)を使って造ってみることにした。すると、新鮮な白身魚に、薄塩味のチーズがトロリと溶けてからみ、セロリの味が微妙にアクセントになって実に美味い。そうなると俄然シェフになったような気分になり、誰かに味あわせたくて、いてもたっても居られない。しかし、赤の他人に供するリスクは取りあえず避け、年末に我家を訪れてきた娘たち夫婦を実験台にして食べさせてみた。結果は、多少のお世辞はあったとしても、口々から褒め言葉が飛び出して大好評であった。

自信を得た私は、早速、かねてから日本料理の大ファンであると聞いていた、ゴルフの親友、イギリス人のテリー夫妻を、夕食に招待することにした。

土曜日の早朝、私は島の漁港を訪れ、懇意にしている漁師から3キロ大の鱸(すずき)を譲ってもらって、準備を整えた。

テリーは、ブラジル人の奥さんと、その母親、そして娘を伴って4名で、イギリス人らしく、時刻ピッタリに、我が家の玄関に、ブザーを鳴らして現れた。

私は、女中のマリアをアシスタントに、タイミングを計りながらコース料理を次々と仕上げてはテーブルに運び、彼らと共に箸を運びながら料理の説明をするという、シェフとホストの一人二役を、大わらわでこなした。

彼らは、箸さばきも鮮やかに、一つ一つの料理を丁寧にゆっくりと味わってくれ、新たな料理が出るたびに褒め言葉と共に、労をねぎらってくれた。特に、夫人の母親、エディナさんは、薄造りにした刺身と、厚めの切り身をチーズ蒸しにした鱸(すずき)の料理に、いたく感激してくれ、今度はぜひ自分が得意なブラジル料理でお返しをしたいと、その場で次週の昼食に誘ってくれた。

次の週、ゴルフ場の18番ホールに隣接したテリーの自宅を訪れた私に、夫人が用意してくれた料理は「ハバーダ」であった。

牛の尻尾料理「ハバーダ」ハバーダは牛の尻尾を素材にした、ブラジル独特の料理で、ヨーロッパにはテイルを使ったイギリスのテイル・スープや、ポルトガルのソッパ・デ・ハーボ・デ・ボイ(牛テイルスープ)や、フランスにも同種のスープ料理があるが、ブラジルでは肉料理の一環としてテイルそのものを皿に盛り付ける。

レシピには、牛の尻尾のブツ切りから脂身を取り除き、塩コショウしたものを厚手の鍋で煮ながらトマト、玉ネギ、ピーマンとニンニクを加えてゆき、それに黒ビールを注ぎながら、15~20分煮詰めれば出来上がり、ということになっているが、人によって味付けが微妙に異なり、圧力鍋を好んで使う人もいて、仕上がりは千差万別だ。尻尾は、牛がしょっちゅうハエを追うために動かすので、運動量が豊富で肉が引き締まっていて歯ごたえがあり、味が深いのが特徴だ。添え物には、ジャガイモとライスが定番になっている。

エディナ夫人の「ハバーダ」は、やや小ぶりの尻尾のブツ切りを使って、脂身を丁寧に除いた上品な味のものであったが、私はその料理を口にしながら、50年数前の或る日のことに思いを馳せていた。

1960年9月8日の昼下がり、故郷の神戸港を出航してから57日目にサントス港に到着した移民船「ルイス号」から降り立った私は、出迎えてくれた、就職先の貿易商社のバンで海岸山脈を90キロ登り、高原都市サンパウロに向かった。着いた先は社長の自宅で、時刻は既にたそがれ時だった。

小柄で眼光鋭い社長は、玄関先で出迎えて長旅を労ってくれた後、私を食堂に案内してくれた。テーブルに着くと、大柄な社長夫人が台所から姿を現し、用意してあった食事を勧めてくれた。

その料理が、生まれて始めて口にする「ハバーダ」であった。適当に油の乗った、舌にトロけるようなテイルの味は、長期に亘る移民船の粗食にヘキヘキしていたことを差し引いても、涙が出るほど美味しく、恐らく生涯忘れることがないであろうと思った位、感動的であった。

後日に知ったことだが、社長夫人は料理が上手なことで有名で、中でも「ハバーダ」は得意料理の一つということであった。ブラジルに到着した日に、幸運にもすばらしい料理を味わえたことで、私のブラジルに対する第一印象は極めて好ましいものになった。

その後、色々なブラジル料理を味わったが、その日の社長夫人のハバーダに勝る、料理にお目にかかったことはない。

そんな過去の思い出に浸りながら味わった、エディナ夫人のハバーダの味もまた絶妙で、私は、今後は日本料理だけでなく、ブラジル料理にもレパートリーを広げ、ぜひ「ハバーダ」造りにも挑戦してみよう、と思った。(完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
カテゴリー: その他、色々 パーマリンク

(86)ブラジルの味、尻尾料理「ハバーダ」 への7件のフィードバック

  1. 片桐博之 より:

    何時も愉しくブラジル情報、拝見させて
    何時も愉しくブログ拝見させて頂いておりす、
    数年前、一度ブラジル(サンパウロ、
    サルバドール、イグアスの滝)に訪問し、
    すっかりブラジルファンとなりました、
    又、下手な横好きゴルファーでもあります、
    さてブログの(30)ゴルフのお節介を
    一つ、に関して質問させて頂きます、
    Xポイントにシャフト面をボールに
    合わせるコツを追加説明して頂けませんか?

    • mshoji より:

      コメントをありがとうございます。
      ほとんどのアベレージ・ゴルフアーは、”インパクトはアドレスの再現”という言葉を誤解して、クラブヘッドをアドレスの位置に戻すことに集中する傾向がありますが、その意識がヘッドスピードを
      減速させる原因になっています。ヘッドスピードはXポイントから加速が増し、アドレスの位置では最もスピードが上がっていなければなりません。かといって、ヘッドスピードは意識して上げるものではなく、上がるもので、その意味に於いて、スイングの過程で、意識できる最終ポイントは、グリップが右太ももの前を通過するあたりです。あとは惰性で意識の及ばない動きになります。すなわち、意識的に実現可能な最終ポイントで、シャフト(またはヘッドフェース)にボールを直視させることが、真っ直ぐに飛ばすためのラストチャンスになります。これを無意識に実践しているのが、プロたちということです。

  2. 片桐博之 より:

    早々の返信有難うございます、
    Xポイントとクラブシャフトと関係は先のブログで拝見、
    常々疑問に思っていた点に納得した次第です、
    レベルの低い質問ですが、私の追加説明とは
    トップ位置からXポイント迄の事です、
    つまり、手振り?、縦に?横に?等々、表現力がお上手な
    貴殿故にあえて質問させて頂きました。

    • mshoji より:

      私はアマチュアで、人様にレッスンが出来るような立場ではありませんので、コメントはあくまでも自分の感覚的なものであることを、ご理解ください。
      スイングのプロセスの中で、意識的に何か出来るとしたら、Xポイントがラストチャンスで、そこでクラブの面をボールに向けるという意識をもつことによって、必然的にクラブはトップから縦に下りてくる筈です。
      すなわち、縦に振るということではなく、”縦振りになる”という表現が当っていると思います。スイングは人によって、手振り気味、腰の回転優先、など様々ですが、自分が慣れているスイングで、Xポイントを意識するだけで、結果は違ってくると思います。

  3. 片桐博之 より:

    ご丁寧なコメント有難うございます、
    レッスンプロで無くとも、ゴルフスイングを経験から
    熟知されたコメントと思います、
    これからもブログを愉しみにさせて頂きます。

  4. 東海林さん
    お久しぶりです!
    東海林さんの手料理でご馳走になった鱸の刺身の美味しさが蘇りました。
    少し前にメールをお出ししましたが、お目通し頂いていますか?
    7月上旬にサンパウロ訪問の予定です。
    ご相談事項がありますので、お会い頂けないでしょうか?
    小野瀬

  5. 今晩は,楽しみに拝読させていただいています.特に今回のお料理の記事は秀逸ですね!!
    自分の趣味がフットボール(フッチボウ)と熱帯魚の飼育なんですが,生なブラジル情報が現地の空気を感じさせてくれます.次回も楽しみにいたしております.

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