(82)ブラジルのカントリーミュージック

カントリーミュージックとサンバはポプラー音楽の双璧だ

♪♪..もし僕のことが好きなら そばにきてそう言って欲しい

もし好きでないとしても 僕を邪険にしないで欲しい

恋は遊びじゃない みんなもっと恋と真面目に向き合うべきだ

愛は隠せるものじゃない 愛なしには誰も生きられないのだから..♪♪

私が始めて覚えて唄ったブラジルのカントリーミュージックの歌詞(筆者訳)だ。

北米のカントリーミュージックと同じように、歌詞も単純だが、メロディーも単純で、当時多少ギターにたしなみのあった私は、C,F,G7のコードが繰り返される曲の伴奏をすぐに覚えることができた。

ブラジルのカントリーミュージックは、「ムジカ・セルタネージョ」または「ムジカ・カイピーラ」と呼ばれ、広く国民に親しまれている。「セルタネージョ」も「カイピーラ」も、「田舎者」または「田舎風」の意味であるが、セルタネージョの方が「故郷(ふるさと)」のニュアンスが強く、情緒が感じられるので、近年では使われることが多くなっている。

人気歌手 ダニエル

ブラジルでカントリーミュージックが生まれたのは、1910年頃だといわれているが、それは奇しくも最初の日本人移民がブラジルに到着した時期(1908年)にあたる。当時ブラジルは、既に奴隷解放から20年以上経っており、ヨーロッパから来た移民たちがブラジルの農場生活になんとか馴染み始めた頃だ。その頃のブラジルの社会構成といえば、農場主とその使用人の2階層しかなく、奴隷に替わって導入された移民たちは、日々の過酷な労働の合間に、少しずつ安らぎの時間が持てるようになって、カントリーミュージックが生まれた、ということのようだ。

その頃のカントリーミュージックは、自然の風物を描写した叙情的なものが多かったようであるが、その後次第に男女の情愛を歌い上げる曲が多く作られるようになり、セルタネージョ・ロマンチカ(ロマンチック・カントリー)と名づけられて、ポピュラー音楽界の一画に確固たる地位を築いていった。

カントリー・ミュージックの歌詞に使われる愛の表現は、都会に住む男女の恋愛のように、複雑でドロドロしたものではなく、極めて素朴且つ単純で、ストレートなものが多いのが特徴である。曲はスローで、覚えやすく、都会派の人たちが好む、歌詞も曲も複雑で多彩なMPB(ブラジル・ポピュラー・ミュージック)とは一線を課している。今日では、サンバ、MPBと並んで、ブラジル大衆音楽の3大路線の一画を担っている。

近年、ブラジルは農牧畜一辺倒の国から、商工業の要素が加わって発展し、人の流れは地方から都会へと向かうようになっていったが、それに伴い、ストレスが溜まる、あわただしい都会の生活の中で、故郷(ふるさと)を思い出させるカントリーミュージックが、人々の心の安らぎとなって広く口ずさまれるようになっていった。1960年代になって、テレビとFM放送が普及し始めると、その傾向はますます顕著になっていった。

人気のペアー、レアンドロとレオナルド

カントリーミュージックを、ソロで唄う歌手も居るが、主流はテナーとバスのペアーで、どちらかがギターを片手に、絶妙のコンビネーションで歌い上げる。北米にはカントリーミュージックを唄う女性歌手も多いが、何故かブラジルではムジカ・セルタネージョを唄う女性歌手はほとんどいない。

一昔前までは、カントリーミュージックの歌手といえば、地方出身者が圧倒的に多かったが、昨今では都会育ちの歌手たちも多く、歌詞と曲はかなり洗練されたものに替わりつつあり、伴奏もギターだけでなく、ドラム、アコーデオン、トランペットなども加わるようになり、都会で生まれ育ったの若者たちの間にも、どんどんファンを増やしている。その一方で、昔ながらの田舎っぽい曲も健在で、ムジカ・セルタネージョは、年令、性別、学歴、所得、社会的地位などに関係なく、広く親しまれている。

都会で田舎スタイルが好まれる傾向は、音楽に限らずダンスにも顕著で、「フォホー」と呼ばれる、男性が女性を胸にピッタリ抱え、太ももを女性の股間に差し入れて、揺さぶるように踊る一見エロチックなダンスが、軽やかなステップで踊るサンバやボレロと並んで、もてはやされている。

特筆すべきは、朝から晩まで、24時間カントリーミュージックのみを流すFM放送局があることで、普段はカントリーミュージックなど興味がないかの如く、取り澄ましているエリート・ビジネスマンやエグゼクティブたちが、マイカーを運転しながら、人知れず周波数を合わせ、耳を傾けているのも面白い現象だ。

私も長距離をドライブするときは、チャンネルを合わせることが多い。カントリーミュージックは、歌詞に使われているポルトガル語の単語が易しいものが多いので、ボキャブラリーに乏しい私にも、ブラジル人の情愛がよく理解でき、おまけにポルトガル語の勉強にもなるからだ。  (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
カテゴリー: その他、色々 パーマリンク

(82)ブラジルのカントリーミュージック への5件のフィードバック

  1. P.Marquis より:

    アメリカのカントリーミュージックはアイルランド、スコットランドの人々が故郷の民謡をベースにつくりあげ、それに山岳地方に住んだノルウエー、スウエーデンの人々が少し違うマウンテンミュージックを作りあげ、それらがブルーグラス、ヒルビリー、ロックへと変化していきました、ブラジルのカントリーはどの様な人種が作り上げたのですか?

  2. こちらのブログの大ファンで,定期的な更新を楽しみにしています.

  3. 笹谷明広 より:

    初めて拝見しました 先日、短期ですがブラジルを見てくる機会がありました モジでは日系農業者の方々と食事をしながら、祖父・ご両親の苦労話や食の話など有意義な一時でした。
    今後、このサイトを非常に楽しみにさせて頂きます。

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