(81)ブラジルの国民的歌手:ロベルト・カルロス

クリスマスの夜に唄うロベルト・カルロス

日本では、大晦日の恒例といえば、紅白歌合戦であろう。50名を越す男女の歌手たちが競演して、年を締めくくるイベントは、ブラジルでもNHKの衛星放送で観ることができるが、12時間の時差があるので、こちらでは放送時間は年越しではなく、31日の朝になる。

ブラジルで、この紅白に匹敵する歌謡番組と言えば、毎年クリスマスの夜に3時間に亘ってテレビ放映される、国民的歌手、ロベルト・カルロスのショーであろう。このショーがクリスマスに放映されるようになったのは2000年からで、それ以来11年に亘り、国民が一年を通じて最も待望するテレビ番組になっている。

この番組が初めてテレビ放映された2000年は、視聴率は61,1%という驚くべき数字を記録したが、年とともに下降傾向にあるとはいうものの、それでも今年は40,5%をキープした。一方の紅白歌合戦は、10年前は45,8%という数字を誇っていた視聴率が、昨今では35%前後に低迷しているという。すなわち国こそ違え、たった一人の歌手のショーが、50名のトップ歌手たちを動員して繰り広げられるショーの視聴率を上回っているという訳だ。

デビュー時代のロベルト・カルロス

ロベルト・カルロスのデビューは1959年で、当時18才だった彼はロックンロールの歌手として、ブラジル歌謡界に登場した。彼のデビューをプロデュースしたのは、時のヒットメーカーだった作曲家のカルロス・インペリアルで、「ブラジルのプレスリー」という触れ込みで、ロベルト・カルロスを後押ししたが、結果はイマイチだった。

しかし、インペリアルが目論んだ、「ブラジルにおけるプレスリーのような歌手」という目標は、あながち的外れではなく、ロベルト・カルロスは、それから52年を経た今日、もしエルヴィス・プレスリーが米国で存命していれば、かくありなん、と思える程、ブラジルでは「キング」と呼ばれ、息の長い国民的歌手としての道を歩み続けているのである。ロベルト・カルロスが、これまでに販売したディスクは、実に1億2千万枚といわれている。

「ジョーヴェン・グアルダ」のメンバーたち

ロベルト・カルロスが脚光を浴び始めたのは1960年代になってからで、盟友のエラズモ・カルロスとのコラボレーションで、ブラジル製ロックンロールを数曲発表してからである。それに着目した地上波チャンネルのレコード局が「ジョーヴェン・グアルダ(若者グループ)」と銘打って、ロベルト・カルロス、エラズモ・カルロスに加え、女性歌手のワンデルレイアたちが出演する歌謡ショーを、レギュラー番組にしたことで、一気にブレイクした。

それは、私がちょうどブラジルに来た頃で、元々音楽好きで、プレスリーの大ファンだったこともあって、当時、露出度の高かった、ロベルト・カルロス率いる「ジョーヴェン・グアルダ」の活動は、いや応なしに目に留まった。しかし、曲のテーマが外車を乗り回す金持ちの道楽息子をイメージさせるものが多かったせいもあって、当時食べることだけで精一杯だった私は、自分とは住む世界の違う若者たちの音楽だと思って聞き流していた。

70年代から大変身したロベルト・カルロス

ところが、70年代になってロベルト・カルロスは大変身を遂げた。その頃、ロック歌手だった彼は結婚し、子供も設けていたが、そのファンたちもまた、青少年から大人への道を歩み始めていた。そこで彼は今までのスタイルから一変して、男女の情愛や、家庭愛などをテーマにするロマンチックな曲を作って、声を抑えて恋々と唄う歌手に大きく方向転換したのだ。

私が彼の歌に注目し始めたのは、ちょうどその頃からだった。恋愛をして結婚し、子供も生まれて、もうすっかりブラジルでの生活に馴染んでいた私は、ポルトガル語もかなり話せるようになっていたこともあって、ロベルト・カルロスの歌う、いくつかの曲の歌詞が、心の糸に触れた。

当時、ブラジルでもカラオケがボチボチ流行り始めており、私はロベルト・カルロスの曲を2,3曲、一生懸命に練習して覚え、人前で唄い始めた。といっても、外国人が日本の演歌を唄うようなもので、聴く側にとってはかなり耳障りなものであったに違いないが、日本人が演歌を唄う外人を好意的に見るように、ブラジル人たちも、訛ったポルトガル語でブラジルの歌を唄う日本人には寛容で、おざなりとはいえ、一応拍手などもしてくれた。それに気を良くした私は、「OUTRA VEZ 」「FALANDO SÉRIO」「CAVALGADA」「FORÇA ESTRANHA」「COMO É GRANDE MEU AMOR」など、さらにレパートリーを増やしていった。

その後、40代になってロベルト・カルロスは離婚した。その理由は、私の知るところではないが、その頃から、彼の唄う歌には愛人との恋の葛藤や、不倫を匂わせるテーマの曲が増え始めた。

奇しくも時を同じくして、女性関係が原因で、離婚を経験した私は、彼の発表する一曲、一曲が、自らの境遇に当てはまるような気がして、よく口ずさんだものだ。どうも、そんなファンは私だけではないようで、10/20代で彼の歌に惹かれた若者たちは、30、40、50代と年令を重ねても、ファンと歩調を合わせるように歌の内容を進化させるロベルト・カルロスに追従して、サポーターであり続けている。そして、そんな父母たちが唄う歌を、子供たちがいつの間にか覚えて口ずさむようになり、それがまた孫の代にまで伝わって、世代を超えた厚いファン層に支えられ、クリスマスのショーが今だ40%を越える、高い視聴率を維持していることにつながっているようだ。

ロベルト・カルロスをテーマに行進する「ベイジャ・フロール」

特筆すべきは、今年、2011年のリオのカーニバルに、スペシアル・グループの「ベイジャ・フロール」がロベルト・カルロスの人生をテーマにした、一大スペクタクルを、マルケス・デ・サプカイのサンボードロモ(サンバ会場)で披露したことだ。ロベルト・カルロスが最も好む色である、青と白を基調にした衣装を纏って、総勢4千人が大行列を繰り広げ、最後尾の山車に乗ってロベルト・カルロス本人も加わるという演出が、観衆と審査員たちをすっかり魅了し、ポイントで後続に水を空けて、ダントツの優勝に輝いたことを見ても、如何に彼がブラジル国民に広く愛されているかが理解できる。

山車に乗ってカーニバル行進するロベルト・カルロス

ロベルト・カルロスが、未だ現役で活躍し続けていることは、同じ年代の私にとっては大きな励みとなっている。今年、エルサレムから中継された、彼のクリスマスのショーでは、これまでに発表された数百曲の歌の中から、私が大好きな「OUTRA VEZ」と「FALANDO SÉRIO」の2曲が抜粋されて加わっていたことにも大いに感動し、2012年のシニア・ゴルフツアーでは、もうひとふんばりしようと、思いを新たにしたものだ。(完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
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(81)ブラジルの国民的歌手:ロベルト・カルロス への5件のフィードバック

  1. P.Marquis より:

    私は若い頃はウエスタン音楽がすきでしたが、その後JAZZピアノで卒業後プロになった友人に出会いJAZZが大好きになり、N.Yで本物を聞きますますJAZZを聞く様になりましたが、ある日レコード店で昔よく聞いたウエスタン歌手のウイリーニルソンがJAZZスタンダード歌うレコードを見つけ聞いてみると、その歌はまた違う哀愁と節回しで最高でした、歳、人生経験などで感じ方が歌う側も聞く側も変わってくるものですね。
    ロベルトカルロス一度聞いてみます。

  2. eiko より:

    今やモレーノ・ヴェローゾやらマリア・ヒタやら二世が活躍し来日するご時世、だれも彼らのお父さんお母さんの事など知らない今の日本のブラジル音楽ファン、R・カルロスというと、サッカー選手だと答えが返ります。ブラジル音楽というとボサノバ、カーニバルは知っているけどサンバ・ジ・エンへードまでは聴いたこともないというのが普通です。
    そんな中、湘南の小さなFM局でやっているサンバ専門の音楽番組で来月特集することにしたR・カルロスのコメントが出ているブログに出会い、つい嬉しくなってお手紙を書きました。私も1970年から80年にかけてRIO,S・P・に暮らしていましたので彼の歌声には特別の思いがあり
    ます。
    A Distancia が大好きなナンバー、当時の彼は確かに段々心にしみる歌を歌うようになっていましたね。。。私にとってビニシウス、ジョビン、エリゼッチ、カルトーラ等々ライブで楽しんだあの時代はまさに Epoca De Ouro でした。

    • mshoji より:

      コメントをありがとうございます。R.カルロス特集ですか?いいですね。PROPOSTA(ブログ88)は選曲されていますか?丁度、ブラジルに滞在されていた頃の曲ですよね。

      • eiko より:

        こんにちは
        先日ロベルトカルロスの特集をやりますなどと書きましたが、なんと驚いたことに
        国内盤CDの発売がないことに気づきました。 CDをネットで買えるとばかり
        思っていたので、大慌て! 今ある音源といえば、私が伯国に滞在していたころ
        テープ録音したものだけ、当然音質もFMでは少しつらく、残念ながら断念せざる
        を得ないようです。何故なんだろう。。。R・カルロスのCDがないなんて。
        やはり様々な事情があるのでしょうが、カエターノ・ヴェローゾあたりはあるのですがね
        。。。、mshojiさん どう思われますか? 
         

      • mshoji より:

        ブラジルでは、R.カルロスは、今でも”REI(キング)”と呼ばれ、根強い人気を保っています。只、彼の曲は、サンバやボッサノーヴァのようにリズムよく流れるタイプのものでなく、歌詞をしんみり聞かせるものが多いので、ポルトガル語が理解できない日本人にはその価値が理解できないのだろう、と思います。

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