(69)おかゆの替わりに、ステーキをレアで..

お陰様で、私は母親から頑強な身体をさずかり、滅多に病気をしない。大病と言えば、23才の時に風邪をひいて、3日程寝込んだことがある位だ。

当時、やっと下宿生活から解放され、1DKのアパートを借りて一人住まいを始めたばかりだった。それまでも何度か風邪をひいたことがあるが、布団をかぶり、我慢をして思い切り汗をかくとすぐに治るという、母親から伝授された治療法で、一日か二日で難なく治していた。

ところが、その時ばかりは、いくら汗をかいても熱が下がらないどころか、悪寒が収まらないので立ち上がることも出来ず、結局3日間というものは、飲まず食わずで過ごすことになってしまい、身体は完全に衰弱してしまった。

3日目になって、いつも昼食をとるレストランの娘さん(日系二世)が、私が食事に現れないのを不審に思って、アパートを訪ねてきてくれた。その時点では、熱だけはやっと下がっていたが、彼女は私の衰弱した姿に驚いて、すぐさまレストランに取って返し、食べ物を用意して持って来てくれた。

3日間食事を取っていない病人に対して、日本ならさしずめ、おかゆと梅干を与えるところだろうが、案に相違して彼女が持って来てくれた食事は、ステーキだった。

腰骨の両側にある紐状のフィレ肉。一頭から4キログラムしか採れない

一口にステーキと言っても、ピンからキリまであるが、彼女が持ってきてくれたのは、私が口にしたこともないフィレ肉のステーキで、しかも血がしたたるようなレアだった。彼女曰く、「ブラジルでは衰弱した病人に与える食事の定番よ。」と、澄ましたものだ。

私は食欲がほとんどなかったが、若くて美人の娘さんが、小さく切って口に運んでくれたこともあって、仕方なくクチャクチャ噛んでいるうちに、何となく元気が出てきたような気がして、とうとう300グラムはあろうかと思われたステーキを、ほとんど平らげてしまった。

それをきっかけに、身体はグングンと快方に向かい、翌日には立ちあがれる程に元気になった。間違いなくフィレ肉(と、美人の娘さん)の効用だ。それにしても、おかゆ替わりにステーキを病人に与えるなど、肉を常食にしている人種ならではの発想には、正直恐れ入った。

それ以来、私はすっかりフィレ肉のファンになってしまった。今でも、食欲のないときや、胸やけのするときなどは、フィレ肉をレアで食することにしている。脂肪分が少ないので、消化は至っていい。

フィレ肉は、正確にはフィレ・ミニョンと称され、牛の腰骨の両側にへばりついている紐状の肉で、一頭の牛から、重さはそれぞれ2キログラム程の肉が2本しか採れない。ほとんど脂肪分はなく、とてもやわらかくて、最高級の肉とされているので、値段も他の肉よりずっと高い(といっても、日本に比べればバカ安だ)。

カルパッチョはさしずめ肉の刺身だ

肉そのものの味は淡白なので、料理人にとって、添え物やかけるソースなどに工夫を凝らす必要のあるフィレ肉料理は、腕の見せ所だ。

イタリア料理のカルパッチョは、さしずめフィレ肉の刺身だ。薄切りされた生のフィレ肉に、細切りのパルメゾン・チーズを散らし、オリーブオイルとレモン汁に塩コショウを加えたソースに浸して食べる。

ブラジルで最も一般的なフィレ肉料理は、「フィレ肉のマデイラ・ソースかけ」であろう。紐状のフィレ肉を、5センチ位にズバッとぶつ切りにし、レアに焼きあげたものを縦に盛りつけ、マデイラ島(大西洋上にあるポルトガル領の小島)産のポートワインにオリーブオイル、バター、片栗粉を混ぜ合わせて煮詰め、塩、黒コショウ、

フィレ肉のマデイラ・ソースかけ

砂糖で味付けをしたものに薄切りマッシュルームを加えた、ドロッとしたソースをたっぷりとかけた料理である。これに、細切りにしたポテトフライと白飯が添えられれば、もう言うことなしだ。

サンパウロに80年の伝統を誇る、フィレ肉専門店「フィレ・デ・モラエス」というレストランがある。ここの売り物は、400グラムのフィレ肉のぶつ切りを、熱い油に数分くぐらせ、外側をコンガリ、中味をレアに仕上げた肉塊の上に、にんにくのみじん切りをカラカラに揚げたものを、てんこ盛りにして供する「フィレ・アーリョ・オーリョ」だ。淡白なフィレ肉にニンニクの味がからまって絶妙なテイストになるが、難点をいえば、蚊も落ちなんという程の食後の吐息だろう。

フィレ肉に揚げニンニクのテンコ盛り

ブラジル料理で有名なシュラスコに、フィレ肉が使われることは少ない。塩で味付けをして、炭火でこんがり焼くシュラスコには、尻、モモ、内股、あばらなど、少し硬めの肉の方が、噛むほどに味に深みが出てくるので好まれる。フィレ肉はやわらか過ぎるために、かえって敬遠されるのだ。

フィレ肉を炭火で焼く料理としては、丸くぶつ切りにした肉の周りをベーコンで巻いて、淡白な肉に一味加えたものが、一般的で好まれる。

ベーコン巻の他には、粗塩をふったフィレ肉を、炭火でレアに焼き上げ、玉ねぎの細切りをオリーブオイルにひたしてしんなりさせ、レモン汁と塩を加えたものをたっぷりとのせて、玉ねぎの味を肉にからめながら食べると、肉の絶妙な味が引き出せて美味しい。

私は、何を食べようかと迷った場合などは、結局フィレ肉料理に落ち着くことが多い。最盛期をとっくに過ぎた胃腸をいたわる意味でも、脂肪分が少なく、やわらかで滋養分が豊かな上に、消化の良いフィレ肉は、最高の食べ物といえるだろう。 (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
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(69)おかゆの替わりに、ステーキをレアで.. への5件のフィードバック

  1. shoji6 より:

    この十年間で三度の訪伯のたびに連れていってくれた”フィレ・デ・モラエス”では、負けず劣らず肉好きの自分でさえ、美味しいのに400gは完食出来ず溜息をついはスケールの違いを痛感していました。そんな様子を見てかどうか岩塩でのみ味付けした肉を自宅で、こちらの食欲を伺いつつあー食った食ったと言うまで次々に網焼きシュラスコを饗してくれた貴兄の謂わば”シュラスコ・ア・ラ・ショウジ”は何回戴いても最高、飽きませんでした、有難う。肉好き人間にはブラジルは天国です。このところオージーのフィレブロックを(安いので)買い込んでは塩コショウ味の素で味付けし(フライパンにニンニクの薄切りを敷き詰めて)自分なりの大きさ、焼き方(ミディアム・レア)のステーキを楽しんでいます、クレソンを沢山添えて・・・決して家内には焼かせません。中性脂肪がどうのこうの、肉好き人間には戯言としか思えません。肉食って頑張るぞー!何に頑張るのか判らんが・・・。

    • mshoji より:

      オーストラリアの牧場の環境は、ブラジルに良く似ているので、肉の味も似通っていると思います。広い牧場で歩き回りながら太った牛は、健康的です。霜降り肉を目的に、閉じ込めて太らす和牛は、人間ならさしずめ病的な肥満児といったところで、肉は脂肪分の塊みたいなものだと思われます。世界で一番高い食用油は、日本の霜降り肉、と揶揄される所以です。
      オージ(ポ語で「今日」の意)を食って、明日も元気でがんぱろう!

  2. P.Marquis より:

    私も牛肉大好きで、ブラジルは天国でしたご馳走さまでした、日本でも赤みのたたき肉(レア)は子供が病気のときにも食べさします、消化がよく、栄養が吸収が早いといわれてます、我が家は神戸の知り合いの肉屋から色々の牛肉を良い値段で取り寄せてすが、ステーキ用は最近は脂の少ないが、味が良いイチボ(尻の尾っぽに近い部分ランプの一部)が好みでニンニクと赤ワイン、たまりしょうゆのソース、牛ばら肉はマデラ酒煮込みに、タンは根元が美味しく焼肉、ステーキ、煮込みにします、貴兄に家の様に炭で焼く機能を作りたかったのですが色々問題で実現できなかったのが残念です、やはり炭で焼くのが最高です!!!!

  3. P.Marquis より:

    コメントし忘れました、日本では2ヶ月程前に安売りの焼肉やがズルをして中毒事件で死者がでて、生肉を出すみせが無くたべれません残念です、しかし韓国では生肉の取り扱いの規則が厳しいのに、日本では全く規制が無く野放し状態であったのはビックリです。

    • mshoji より:

      その中毒のニュースはNHKの衛星放送で見ました。生肉といえば、リバノン料理の「生キビ」が、ブラジルで広く食されています。ミンチにした赤味の生肉に、小麦の粗引きを混ぜ合わせてからダンゴ状にしたものを、玉葱とハッカの葉のみじん切りをのせ、オリーブ油、塩、胡椒で味付けをして食します。味がアッサリとした料理ですが、食後になんとなく力がみなぎってくるように感じます。

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