(68)あの感動を、もう一度

アルジャー市郊外にあるPLゴルフクラブ

2日間に亘る、36ホール・ストロークプレーも、あと1ホールを残すのみとなった。最終ホールはパー5だ。9番アイアンで打った第3打はスピンがかかり、カップ右5メートルのピンハイにピタリと止まった。

ブラジルの秋は、天候の変化が激しい。その日、早朝には雲間から日差しがこぼれていたにも関わらず、次第に増えた雲がすっぽりと空を覆い、気温がぐんぐんと下がりだした。体感温度は、すでに10度以下だ。おまけに、8時30分のスタートから1時間が経過した頃から、雨がフェアーウエイを濡らし始めた。

シトシトと降りそそぐ雨は、ウインド・ブレーカーに沁みわたり、その下のセーターを通り抜けて、肌にまで浸透してくる。

シニア・ゴルファーにとって、寒さは最大の敵だ。持病の慢性腰痛に加え、数日前から痛み出した右ひじが疼く。ドライバー・ショットの飛距離は200ヤードがやっとで、腰が切れないせいで、打球は全て右に開く。ボギーが重なり、ダボまでからんで、パーがとめどなく遠い。14番をホールアウトした時、悪天候に追い打ちをかけるように、突然雷まで鳴りだした。

そこで、初めて号砲が鳴り、全コースに散らばるプレーヤーたちに、ゲームのサスペンデッドが告げられた。

27ホールのチャンピオン・コース PLゴルフクラブ

サンパウロから高速道路を東に向かって40キロ走ると、アルジャー市に到着する。その郊外に、日本のPL教団によって1968年に建設されたPLゴルフ・クラブがある。造成に多大な資金が投入されたという山間に広がる27ホールは、適度なアップダウンのあるホールに、いくつかのフラットなホールがからまった、すばらしいチャンピオン・コースである。潤沢な資金によるメンテナンスのお陰で、フェアーウエイは刈り込まれた芝生でビッシリと覆われ、完璧に整備されたグリーンは鏡のように滑らかで速い。

PLゴルフ・クラブの特徴は、コースの素晴らしさに留まらない。クラブハウスは日本の、いわゆるバブル・ゴルフ場を思わせるようにデラックスで、ブラジルのゴルフ場には珍しく、日本式の大浴場が設置されている。和洋折衷の料理を供するレストランの質も高く、同クラブを訪れる、ブラジル人ゴルフアーを含めた全てのプレーヤーたちを、心から満足させる。

そんなPLゴルフ・クラブで、毎年この時期に開催されるブラジル・シニアゴルフ選手権は、参加希望者が他のトーナメントに比べて圧倒的に多く、今年も総勢120名がエントリーして実施された。

ゲームが中断した14番ホールは、クラブハウスから最も遠い場所にある。いくつものフェアウエイを横切ってクラブハウスに向かう道のりは、この日ばかりは雨のせいもあって、とてつもなく遠く感じられた。

PLゴルフクラブの大浴場

やっとのことでクラブハウスに辿り着き、寒さと雨で芯まで冷え切った身体を、大浴場の湯船に沈めた時、やっと人心地がついた気がした。

温かい湯船でリラックスしながら、私はとても遠く感じられた14番ホールからクラブハウスまでの道のりを、人生に模して考えていた。

ボールを追いかけていると、長く感じることのないフェアーウエイが、ボールがないと途方もなく遠く感じられのは、目標のない人生が、遅々として進まず、退屈なものであることと同じではなかろうか..

ブラジルにおける50年は、アッという間に過ぎた気がする。それはきっと、私がゴルフでボールを追いかけるように、いつも何かを追いかけていたからなのだろう。

「感動のないゴルフは散歩と同じだ」ある有名なゴルファーの言葉だ。

フェアーウエイを歩くだけでは、何の感動も得られない。私はフェアーウエイを、いつも感動を求めて歩いてきた...というより、目の前の一打一打に、常にベストを尽くしてきた、と言うべきだろうか。その結果として、多くの感動が得られたような気がする。

私にとって、ゴルフの一打一打には常に目的があった。例えば、ドライバーショットは、フェアーウエイ内で遠くにボールを運ぶこと..アイアンショットはグリーンを捕えること..アプローチはワンピン内に寄せること..パターはカップにボールを沈めること...しかし、ボールは必ずしも目的の達成に対して、良好な状況にあったとは限らない。悪いライ、傾斜した足場、目の前の障害物、スタイミーなど、逆境の場合も多かった。私はそのたびに、自分が最良と思える手段を選択し、決断して実行してきた(積りだ)。一度として一打を、おろそかに扱ったことはない(積りだ)。その結果が吉とでたことも、凶とでたこともあるが、努めて一喜一憂することなく、次の一打に全力を尽くすことだけを考えた。

思いは、自らの人生に及んだ。ゴルフと同じように、私は、自分の置かれた立場で、常に最良と思う方法で、全力を尽くして生きて来たと思う。結果は必ずしも全てが良好だった訳ではなく、判断違いも多くあった。転職を繰り返し、3度の離婚も経験した。それでも、いくつもの感動を味わい、常に充実感が伴っていた人生だった気がする。

そして、歳月はアッという間に過ぎていった。あたかも、18ホールのプレーが瞬く間に終わるように...

そこまで考えた時、ふとその日のゴルフのことが思い起こされた。はたして、いつものように、目的を明確にして、一打一打に全力を尽くすことが出来ていただろうか?寒さや、雨や、年令からくる腰痛や肘の痛みにかこつけて、集中力が散漫なゴルフをしていなかっただろうか?

風呂からあがると、その日の暫定スコアーが掲示されていた。スクラッチ部門のスコアーは、天候のせいか総体的に悪く、絶望的と思っていた私の順位は、首位と4打差の4位で、未だ優勝の可能性が残されていることを知った。

翌日の天候は前日とはまるで逆で、早朝の曇り空から時間と共に日差しが広がり、気温も徐々に上昇し始め、厚着でスタートしたプレーヤーたちは、ブレーカー、セーターと次々に脱ぎ捨て、いつの間にか半袖のシャツ一枚でプレーしていた。

その日は、前日の残り4ホールと新たな18ホールを戦う、合計22ホールの長丁場だ。

私は、前日のゴルフがウソのようにショットが好調で、34ホールを終了した時点で、首位にわずか1打差に迫っていた。

35ホール目のパー4では、2打目でグリーンを捕えたが、ボールはピン奥7メートルだ。PLのような高速グリーンでは、下りのパットは特に難しい。私は2パットで収まれば上出来だと思い、カップに届く強さだけを意識して打った。ボールは、キャディーが示唆したスライス・ラインを滑らかに転がり、加速度がついて、飛び込むようにカップに吸い込まれた。バーディーだ!私は思わず雄叫びをあげていた。

タイ・スコアーで迎えた最終ホール、カップ右5メートルのバーディー・チャンスにつけたボールのラインについて、キャディーと意見が食い違った。私は、グリーンが奥に向かってわずかに登っているように見えたので、傾斜優先で右カップ一杯のフック・ラインと読み、キャディーは奥に向かう芝目優先で左カップ一杯のスライス・ラインと読んだ。

私は意を決して、真っ直ぐなラインで強めに打つことにした。集中力を結集して打ったボールは、ド真ん中からカップに沈んだ。

「勝った!」

逆転優勝で、感激もひとしお

感動が最高潮に達したのは、表彰式で優勝カップを手にした瞬間だ。シニア・トーナメントではこれまで何度か優勝をしたが、その日の、最終2ホール連続バーディーによる逆転優勝は、今までのどの勝利よりも感動的で、初優勝の時のそれに匹敵するものであった。

同じグアルジャー・ゴルフクラブのメンバーたち、日系人たち、ライバルたち、それに名前も知らない多くの人たちが私のテーブルにわざわざ歩を進めて、祝福の言葉をかけ、握手を求めてきてくれた。7年前の初優勝の時には、なかったことだ。あれからきっと、ゴルフアーとして、私自身が変わったからだろう。

一打一打にベストを尽くし、トーナメントで一つしかない優勝カップを手にすることは、誰しもが望むことであり、ゴルファーとしてこの上もなく満足感を味わえることだ。しかし、ゴルフは個人プレーではあるが、一人でプレーする訳ではない。身近には同組のパートナーもいれば、多数のトーナメント出場者もいるし、その後ろにはブラジル・シニアゴルフ協会とそのメンバーたちが存在する、一つの社会である。

そんな社会の中で(以前の私がそうだったように)自分の目的さえ達成すれば、他人はどうでもいいという生き方は許される筈がない。すなわち自分本位に過ぎるゴルファーは、例え強くても尊敬されるものではない。

この7年間で、私はメンバーのシニア・ゴルファーたちから、多くのことを学ばせて貰った。同組プレーヤーたちに気を配り、コースを離れても、常に他のメンバーたちを尊重した言動を心がけ、良好な人間関係を保つことの大切さを教えられた。

これはどんな社会に於いても同じことであろう。

これからも、感動を求めたゴルフを楽しむとともに、再びトーナメントで優勝した暁には、さらに多くの人たちに、心から祝福されるようなゴルファーになりたいと思う、今日この頃である。   (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
カテゴリー: その他、色々 パーマリンク

(68)あの感動を、もう一度 への4件のフィードバック

  1. shoji6 より:

    優勝おめでとう御座います。今シーズン何度目の優勝でしたか。何だか優勝するたびに人間としての品位がラベルアップ(レベルアップ)しているようで正に実るほど頭の下がる稲穂かなですね。益々のご精進をお祈りしています。

  2. Mel より:

    2年半ほど前までサンパウロにおりました。帰国してからもブラジルが懐かしくて帰りたくて・・・何気なく検索していたら懐かしいPLの写真が・・!一緒に写っているのはS前原さん・・?
    当時は一生分のゴルフを4年の間にやっておりました。ブログを読ませていただいて、PLゴルフの美しさやゴルフが与えてくれた精神力、
    楽しかったサンバもパウリスタの人通りも、苦しいくらいに思い出されて帰りたい気持ちでいっぱいです。またちょこちょこ覗かせていただきます。

    • mshoji より:

      コメントをありがとうございます。
      サンパウロに駐在する人たちは、皆さん間違いなくゴルフの腕前を上げて帰国されます。PLゴルフクラブは、日本語だけでも大丈夫で、駐在員の方たちにとっては一種のオアシスですよね。

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