(61)サンパウロの六本木・モエマ区

サンパウロ市のど真ん中にあるコンゴーニャス空港


大都市サンパウロの中央部からやや南寄り、東京でいえば、いわば代々木公園に当る場所に国内線専用のローカル空港、コンゴーニャス飛行場がある。空港の場所としては極めて不適切であるといえる。
私がブラジルに到着した1960年には、コンゴーニャス空港は、サンパウロ市にアクセスする唯一の空港として、国際線を含めた全てのフライトが発着していた。
当時、その辺りは町外れの広々とした草原で、その真ん中にポツンと空港ビルと滑走路があったものだ。その後、街の発展が空港を飲みこんでしまい、今では周囲は立錐の余地が無い程にビッシリと住居で埋めつくされ、飛行機が轟音を撒き散らしながら、家屋や林立する高層マンションの上空をスレスレに飛んで発着陸するという、現代では極めて稀な環境にある空港になっている。
1985年になって、市内から25kmの地点に、グアルーリョス国際空港が完成したことによって、そちらに国際線が移され、コンゴーニャス空港はローカル線専用となったが、サンパウロが南米最大の商業都市に成長し、ブラジル経済の中心になったことに伴って、国内線のフライト数とその利用者は激増し、以前にも増してビジーな、ブラジルで最大の発着件数をこなす空港となっている。
空港が機能する6時から22時までの発着件数は実に640回を数え、ダウンタウンから近く、アクセスが容易なために、毎日10万人を超す人たちが、コンゴーニャス空港を利用しているが、実は以前から、空港がこの場所に存続すべきかどうかについては賛否両論があり、事あるたびに議論が蒸し返されている。
コンゴーニャス空港が出来た1930年代は、プロペラ機が主流だったために、滑走路の長さは1200mしかなく、ジェット機が取って替わるようになって改修されたというものの、民家が密集しているために延長は思うに任せず、一本はやっと1940mを確保できたが、他方は1435mに留まっている。これだと小型のボーイング737クラスでもギリギリで、2007年にTAM航空のエアーバスA320が雨天での着陸を試みて滑走路をオーバーランし、公道の大通りを横切って建物に突っ込んで、187名の死者を出した事件は記憶に新しい。
当時は、空港の廃止または移転について激論が戦わされたが、喉元過ぎれば何とやらで、4年が経過した今日、あの議論はどこへやら、空港は相変わらず毎日利用客でごったがえしており、数分刻みで飛行機が発着陸している。

モエマ区に林立する高級マンションのビル

そんな危なっかしいフライトの丁度通り道に当り、数分毎に騒音に見舞われる地域に、サンパウロの六本木と呼ばれる、高級住宅地のモエマ区がある。
慣れとは恐ろしいもので、轟音に慣れっこになった住民たちは、逆に静かな環境では寝付きが悪いという。もっともこの地域にある高級マンションの窓は、全て防音ガラスが使われているので、騒音はいくらか緩和されてはいるが、暑い日など窓を開けていると、相手の話は余程耳を傾けないとよく聞き取れない。
この地区が脚光を浴びるようになったのは1970年代で、当時では画期的な大型のイビラプエーラ・ショッピンッグセンターの開店がキッカケとなって、中産階級の人たちが集まり始めた。
今では7万人のエリートと呼ばれる人たちが住居を構えており、サンパウロ市内で最も地価の高い住宅地として、庶民の憧れの的になっている。
飛行機の騒音を別にすれば、サンパウロ市内最大の緑のオアシスであり、多くのスポーツ施設が整ったイビラプエーラ公園に隣接しているという好条件の他に、高原都市サンパウロ市内では珍しく土地が平坦で、あらゆる商業施設、教育施設と娯楽施設が揃っていて、住むためには絶好の環境にあるといえる。

サンパウロ市内の緑のオアシス、イビラプエーラ公園

人口1100万人のサンパウロ市は、ブラジル社会を象徴するように、ほとんどの地区で、貧富の差が大きい住民たちが混然と同居しているが、この新興地域モエマ区に関して特筆すべきは、居住者たちの大部分が中産階級の人たちによって占められていることである。それに伴って、商業、教育、娯楽などの施設は、それぞれ均一的にレベルが高く、センスが良いことが特徴で、中産階級の人たちにとって住み心地が良い要因の一つになっている。
また治安に関しても、モエマ区は犯罪発生率がサンパウロ市内で最も低いことで知られている。
このようにお世辞にも”閑静”とはいえないが、モエマはブラジルの二大悪といわれている”貧困”と”治安の悪さ”が不在の、類い稀な地区なのである。

住居として圧倒的に多く利用されているは高層マンションで、2~4LDKの家族用に設計された、床面積が100平米~200平米のものが一般的である。それぞれのビルには、プール、パーティーサロン、フィットネス、3,4台用のガレージ、子供用プレイグラウンドなどが併設されており、人と車の出入りは逐一チェックされるのでセキュリティー面も安全で、子持ちの家族が安心して住めるように配慮されている。

モエマで最も多い店、美容院

モエマのもう一つの特徴は、バラエティーに富み充実した商業施設で、ありとあらゆる業種が地域一帯に広がって店舗を構えている。それでもショッピング・センターのあるイビラプエーラ大通りを除いて、特に商店街といわれる通りはなく、林立するマンションの谷間にある空間を、埋めるようにして様々な店が開業している。
店舗は大型店が比較的少なく、中小の規模であるが、センスにあふれた店が多いのもモエマ地区の特徴で、一本の針から自動車に至るまで、あらゆるニーズに対応する業者が揃っており、住民たちは目的の物を手に入れるためにモエマから外に出る必要はない位だ。
サービス施設も整っていて、高級ホテルからビジネス・ホテルまで、どこも国内外から訪れる観光客やビジネスマンたちで賑わっている。
サービス業といえば、モエマで特に多いのが美容院で、各区画に4,5軒はあり、ひんぱんに髪や爪の手入れをするブラジルの中産階級の女性たちの習慣と、オシャレな習性が反映されている。
商業時間帯には商店の他に、病院、各種診療所、医療検査所などが多くあり、フィットネス、スポーツジムがあちこちにあって、人々が身体と健康のケアーに訪れる一方で、地域にやたらに多く飼われている愛玩動物をケアーするペットショップの数も、滅法多い。

ハッピアワーで賑わうビアホール

たそがれが迫る午後6時頃になると、モエマの様相は一変する。
この時間帯になると、商店はシャッターを下ろし、それに替わってドリンク・バーやビア・ホールがオープンする。どの店も、店内から歩道にまではみ出したテーブル席まで、仕事帰りにハッピーアワーを楽しむ人たちで溢れる。
夜の帳と共に、あちこちにあるレストランに灯がともり始める。モエマには、世界中のありとあらゆる料理を提供する高級レストランがズラリと揃っている(日本料理店も10数軒ある)。
レストランに人が入り始めるのは、夜8時以降だ。人々は、雰囲気作りに趣向が凝らされた居心地のいい店で、ワイングラスを傾けながら、美味な(そして高価な)料理をゆっくりと楽しむ。
10時以降になって、人が集まるのはスコッチ・バーやダンスホールだ。夕食の余韻に浸りながら、その夜の最後の仕上げのためにカップルたちが訪れる。
こうして”サンパウロの六本木”、モエマの夜が更けてゆく。

ボアッテ”バハマス”の宣伝ポスター

独身(とは限らないが)の男性たちにとってもモエマは魅力的である。サンパウロで最も高級なボアッテ(ナイトクラブ)の一つとされる“バハマス”があるからだ。入場料100ドルを払って、重厚な木の扉をくぐるとそこはもう別世界だ。露出度の高いドレスを身に纏った(というか、ほとんど纏っていない)バラエティーに富んだ肌色の美女たちがホール一杯に溢れ、訪れる客にセクシーな眼差しを投げかけてくる。
ボックス席に腰を下ろし、美女たちに寄り添われてドリンクを2,3杯開けると、もうただでは済まない雰囲気になってしまう。お持ち帰りもOKだが、隣接した高級ホテル(同じオーナー)で、甘美なひと時を楽しむこともできる。
モエマの風俗業が機能するのは夜だけではない。懐が豊かな中産階級の男性をターゲットに、ここには全国から、若い美女たちが出稼ぎに訪れる。彼女たちはフラットと呼ばれる、1DKのアパートホテルと契約して長期滞在し、インターネットで広報活動をして、夜昼を問わずビジネスに精を出す。いわゆるプロの女性たちも多いが、中には他州から来た学生、歌手や女優の卵、休暇中のOLなど、一時的にまとまった収入を得ることが目的で働いている女性たちもいて、時には信じられないような、良家の子女さながらの若くて品のいい美女にめぐり会うことがある。そんな彼女たちが昼間モエマの街を歩いていても、住民たちがそれと気付くことはない。
コンゴーニャス空港を6時に離陸する、始発ジェット機の轟音と共に、モエマ区の短い夜は終わりを告げ、朝が訪れる。

ガードが堅固な高級マンションの入り口

この時間帯になると、どこのマンション・ビルの入り口にも、質素な身なりをした女性たちの列ができる。マンションの各家庭に雇用されている女中さん、ベビーシッター、家政婦たちで、入り口でセキュリティー・チェックを受けるのだ。彼女たちは2,3時間もかけて、毎日遠方から通ってくる。
7時頃になると、あちこちのマンションのガレージから、次々と高級車が吐き出される。ご亭主たちの出勤時間だ。
こうして、中産階級たちの新興地区、モエマの新しい一日が始まる。   (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
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(61)サンパウロの六本木・モエマ区 への4件のフィードバック

  1. 北野 能成 より:

    ベロオリゾンテへ仕事に行く時、コンゴニアス空港の朝7時の飛行機に乗る為、
    4時に車でモジを出発しました。さすがに早く5時にはつきましたが。
    30年前は楽に行けたのに、現在のサンパウロの交通渋滞はひどいものです。
    モジからはガルーリョスのほうが楽です。コンゴニアスは、街には近いが
    トランジットは悪いのでは。ブラジルでは床屋・美容院が必要以上に多いと
    感じました。朝シャンも行われており、おしゃれといううよりも人の目を
    気にしすぎていると私は感じました。shojiさんはどう思われますか。

    • mshoji より:

      コメントをありがとうございます。
      モジからなら、グアルーリョスが断然便利です。今では同空港から、国内線も主要都市なら大体フライトがあります。サンパウロ市内からなら、やはりコンゴーニャスが時間的にも便利ですけどね。地方都市へのフライトもありますし。
      ブラジル人ほど、ひんぱんにシャワーを浴びる人種は少ないといわれます「(39)ブラジル発祥地・バイア、参照」。
      もともとキレイ好きの人種ですが、おっしゃるとうり、女性の美容院通いは、人の目を意識してのことでもあります。何しろ、ブラジル人女性のコンセプトは「男性に見られてナンボ」ですから...こちらの男性は、イカす女性なら振り返ってでも見ますから。

  2. 初コメントで失礼します.
    偶然こちらのサイトを発見して以来すごく楽しみにしています.ダイナミックでストレートな切り口が分かりやすく,とても臨場感があります.これからも楽しみにしています.

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