(58)知られざる、もう一つのブラジル

高級マンションにファヴェーラが隣接するモロンビー区(サンパウロ)

ブラジルは、世界で10番目に貧富の差が大きい国とされている。
人口の15%を占める富裕層(AB層)と35%に相当する貧困層(DE層)の生活レベルの差は余りにも大きく、地理的には同じ場所に住んでいながら、現実的には、それぞれが生きる世界は全く別の世界であるといっても過言ではない。
ブラジルについて話す場合は、この二つの世界について別々に語る必要がある。

あるいは、その中間に位置し、人口の半数(50%)を占める階層(C層)について語ることも、平均的なブラジルを示す一つの方法かも知れない。

富裕層の上位10%の人たちが所有する資産は、ブラジル総資産の43%に当たるとされており、低所得層の下位50%の人たちに属する資産は、わずか18%に過ぎないことを見ても、その差が如何に大きなものであるかが解る。ちなみに、ブラジルの富裕層の生活レベルは、スイス、ドイツ、カナダ、フランスの富裕層のそれよりも上位にランクされており、世界的に見ても桁外れのリッチ度であることが窺える。

ところで、リッチの度合いには雲泥の差があるとして、ハッピーの度合いはどうであろうか?
答えは「ABとEDは、ほぼ同じ」というのが正解で、ブラジルという国を象徴する特徴の一つである。
富裕層にはそれなりに悩みも多いということなのか、はたまた、金がなくても幸せになれるということなのか定かではないが、多分その両方なのだろう。

人口の35%を占める貧困層の、75%は「ファヴェーラ」とよばれる、いわゆるスラム街に住んでいる。その数は人口の26%に相当し、およそ5千万人といわれている。

陽気で明るいファヴェーラの住民たち

ファヴェーラは主に大都会にあり、最も多くのファヴェーラを抱えているのは、サンパウロ(612カ所)とリオ・デ・ジャネイロ(513カ所)で、全国的には2000カ所を優に超えるスラム街が存在している。
日本の人たちがこの数字を見ると、きっと貧困で飢えと病気に苦しみ、不幸を絵にかいたような、最悪の環境にある人たちを想像するであろうが、案に相違して、ファヴェーラの住民たちは、常に笑顔を絶やさず、総じて陽気で明るく、やせ細った子供など一人も居ない(といっても、信じる日本の人は少ないだろう)。
ちなみに、日本の“00基金”という組織が、ボランティア活動の一環として、ブラジルにメンバーを派遣し、ファヴェーラに入り込んで炊き出しをしたり、衛生管理に手を貸したりしたことがあった。派遣された本人たち(というか、基金組織)は、不幸な貧困者たちの手助けをしている積りだったかも知れないが、実はファヴェーラの住民たちは、炊き出しが必要なほど飢えてはいないし、ウオッシュレットこそないが、そこそこ清潔だし、貧しくても決して不幸ではないのだという点で、大きな認識錯誤があると、いわざるを得ない。
その“00基金”の意図は解らないではないが、ファヴェーラの住民たちから見れば、物珍しさから拒否をすることこそなかったとはいえ、内心では一体何のための活動なのか理解できなかっただろうし、ましてや真の意図を知れば、内政干渉モノで、きっと気を悪くしたことだろう(というか、おおらかなブラジル人たちは多分気にもかけないだろう)。

最近、ファヴェーラの住民が最も多いリオ・デ・ジャネイロの市役所が、実態調査を行ったところ、97%の家庭(バラック小屋)にテレビがあり、94%は冷蔵庫を所有している。また59%がDVDプレーヤーを持ち、48%が電気洗濯機を使っている。また住民の55%が携帯電話を使用し、12%がコンピューターを所有していることが判明した。そしてファヴェーラの生活からの脱却を希望している人たちは、わずか15%であることが明らかになった。そんな実態も知らずに、ノコノコしゃしゃり出て、救済の積りで“炊き出し”をするなど、噴飯ものだ。

ファヴェーラは持ちつ持たれつの相互扶助共同体

ファヴェーラは地方から都会に、新たな生活を求めて来た人たちが、所有者がはっきりしない空き地に小さな掘立小屋を建てて住みついてしまうことから生じる。持ち主がいないので訴える人もないままに、いつの間にか空き地はバラック小屋ですっかりスペースが埋まってしまい、何千、何万人が住みついてしまう。サンパウロの場合、モロンビー地区の様に、そんな空き地が、たまたま富裕層たちが好んで住む区域に隣接しているケースもあり、その景観は、実に奇妙なコントラストとなっている。

海と山が迫っているリオ・デ・ジャネイロの場合、特に南部は、海浜に近い平坦な場所には富裕層がびっしりと住居を構えているので、貧困層はアクセスが困難で、勾配の急な山麓に小屋を建てて住むようになり、ファヴェーラに発展(?)していったケースが多い。
富裕層の高級マンションや大邸宅の頭越しに青い海が望める場所、いわば高台に位置するファヴェーラは、少なくとも見晴らしに関しては、申し分ない場所にある。

見晴らし抜群のファヴェーラ

こうして、数千人が集まってコミュニティーが出来ると、市役所も電気水道などのインフラを整備しない訳にはいかず、いつの間にかその存在を容認した形になってしまう。ところが、一軒に引かれた電気や水道は、あっという間に無断で枝分かれして多くの小屋にも導入されてしまい、誰から代金を徴収すべきなのか解らない状態になってしまう。地権は存在しないので、当然、家屋税も支払われることはないので、住民たちは電気、水道、税金など全ての経費を免除された形になる。ファヴェーラに三日も住めば、そこから移りたくなくなる理由の一つであろう。

南米最大のファヴェーラ、リオのロッシーニ(25万人が住み和食レストランまである)

数千人が住み始めると、当然のことながら、雑貨屋や薬局など日常生活に必要な品物を売る店がオープンする。住民総数が25万人といわれるリオ・デ・ジャネイロ最大のファヴェーラ、”ロッシーニ”になると、スーパーマーケットを始め、銀行の支店、レストラン(マクドナルドや和食店まである)など、あらゆる種類の商業施設のみならず、保育所や学校まで揃っていて、どこから見ても、れっきとした一つの街である。

さてファヴェーラは、住民たちの間では「コミュニティー」と呼ばれ、一つの生活共同体としての組織が形成されている。村長にあたる、コミュニティーを仕切る長がいて、内部規則が定められ、住民たちはそれに従って秩序のある日常生活を営んでいる。人々は貧しいからこそお互いに助け合い、持ちつ持たれつで居心地のいいコミュニティーを造り上げている。

ファヴェーラに住む一家。夫は左官、妻は家政婦

都心に比較的近いので、職にありつき易いこともあって、夫婦共々子供を保育所に預けて街に働きに出かけ、様々な形で収入を確保するための努力を怠らない。
それでも、彼らの平均的な家族収入は、733レアール(430ドル)程度であるが、それに加えて、ブラジルには、貧困家庭出身の前大統領ルーラ氏によって制定された、ファミリー手当(日本の子供手当に相当)という制度があって、14才未満の子供一人当たり月20レアール(12ドル)が支給される。こうして、ファヴェーラの住民たちは、家族が食べていける収入を何とか稼ぎ出しているが、ブラジルでは食べ物が非常に安いという事実も、彼らの生活が成り立つ一つの要因になっている。

その一方で、ファヴェーラには悪の巣がはびこりやすい体質もあり、麻薬組織や、窃盗集団などの格好の隠れ蓑になる。外部の人間にとって、迷路のようなファヴェーラの内部に犯罪者が逃げ込むと、警察をもってしても見つけ出すのは容易ではない。さらに犯罪者と、何らかの家族的な繋がりがある住民が居れば、彼らを守ろうとするので、まともな情報が得られないということもあって、犯人の確保には多大な困難が伴うといわれている。

警察のガサ入れにも慣れっこの住民たち

貧困と犯罪は切っても切れない縁があるといわれるように、ファヴェーラから犯罪を一掃することは至難の業であるが、2014年のサッカーW杯、2016年のリオ・オリンピックに向けて、政府はその撲滅に並々ならぬ決意を固めているようで、既に数回に亘って、複数のファヴェーラで、軍隊まで出動して大規模なガサ入れを強行している。
しかしその反面で、治安が悪い真の原因は、ファヴェーラにあるのではなく、政府が教育と雇用の創出に対する投資を怠ったツケが回ってきたとして、一朝一夕には解決しないであろうという説もあって、情勢は予断を許さない。

政府はファヴェーラ問題に手をこまねいている訳ではなく、過去10年間にファヴェーラ人口の16%(約1千万人)を減らし、さらに「わが人生とマイホーム」と名打った、キャンペーンで民間建築会社の協力を得て、ポピュラー住宅(2LDK)を郊外に次々と建設し、一戸当たり2万3千レアール(1万3千ドル)の価格で、50年の長期月賦によって低所得者たちに提供する政策を推進している。
最も、ファヴェーラの住民が移転を希望するかどうかは別問題であるが、実は住民たちに悩みが一つあって、政府はそれに便乗して、ファヴェーラからの移転の必要性を訴えている。
それは、食べ物や衛生問題ではなく、最近の異常気象で集中豪雨がひんぱんに発生し、土砂崩れが起こって急斜面に建てられた小屋が崩壊して、死者が出るケースがあちこちで発生していることだ。さすがの住民たちも、死の恐怖には抗えないので、移転を考えている人たちも結構多いようだ。

さて、犯罪者が逃げ込むからといって、ファヴェーラの雰囲気が常に戦々恐々としている訳ではなく、彼らは住民たちには絶対に危害を加えることはないので、善良な住民たちの日常生活は、極めて穏便で平和である。

空き地でサッカーに興じるファヴェーラの子供たち

子供たちは学校に通い、余暇にはサッカーやサンバに興じ、女性たちは、毎日放映されるテレビ・ドラマを楽しみにし、男性たちは、贔屓のサッカー・チームの勝敗に一喜一憂する。年令性別に関係なく、全ての住民たちは、年一回のカーニバルを心待ちにして、年間を通じてその準備に嬉々として取り組んでいる。
こうして、それぞれが、外部の人たちが想像するより、遥かに幸せな日常生活を送っているのである。

私が住んでいるグアルジャー島にも、ゴルフ場に隣接した場所にファヴェーラがある。キャディーたちは、全員その住民であるが、実に明るく素直で、よきパートナーたちである。また我家に通ってくる女中さんもその住民で、子持ちで夫婦共稼ぎの彼女は、家族のために実によく働き、しかも毎日夜学に通っている。家内によると、とても正直者で、安心して家事を任せられるという。

ファヴェーラの住民たちの中から、ブラジルを代表するサッカー選手やミュージシャン、そして医者や政治家も続々と誕生している。

そこには余り知られていない、ブラジルのもう一つの世界が存在するのである。(完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
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(58)知られざる、もう一つのブラジル への1件のフィードバック

  1. 一番上の写真すごい

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