(46)世界有数の激戦地・ブラジルの自動車マーケット

ワーゲン社がブラジルで最初に生産したKOMBI


1960年9月8日、私がブラジル・サントス港に到着した日、就職先である貿易商社の役員の方が、車で出迎えてくれた。通関を済ませると、荷物はベージュ色の車に積み込まれ、一路サンパウロに向かって海岸山脈を登り始めた。
その車が、1959年にドイツのフォルクス・ワーゲン社が、ブラジルで最初に生産した、KOMBIとよばれる、BOX型の車であった。

それから50年を経た今日、ブラジルの自動車産業は発展の一途をたどり、2010年には、351万台の新車を販売して、世界第4位に躍進した。
ブラジルは世界中から移民が集まって出来た国であるのと同じように、自動車メーカーも世界中から進出して来ていて、生産または輸入を手がけており、販売されている車種は多種多様に及んでいる。そして、マーケットは世界でも有数の激戦地の一つであり、同時に将来的に、最も有望な市場の一つである。
ブラジルにおける自動車生産の歴史は、1957年にイタリア系の小規模な工場による組み立てから始まったが、大メーカーによる本格的な生産は、1959年のフォルクス・ワーゲン社によるものが最初であった。ワーゲン社は、KOMBIに続いてFUSCAと呼ばれる「カブト虫」型の生産を手がけ、その簡素で故障の少ないエンジンは、たちまち国民の人気を集め、ブラジル市場における主導権を握った。
1968年になって、満を持していたアメリカの2大メーカー、GMとフォードが上陸し、市場は次第に活性化していった。

60年代は猫も杓子もカブト虫に乗っていた


市場が激戦地の様相を呈し始めたのは、1976年にイタリアのフィアット社が上陸してからである。同社は、折からの石油ショックに便乗して、14km/リットル走行可能な小型車を発売し、先発の3社に食い込んで、一気にシェアーを伸ばした。
しかし、自動車マーケットが今一つ伸び悩んだのは、1970年から90年にかけて、ブラジル経済が侵されていた慢性インフレのせいで、自動車産業のみならず、メーカーにとって極めて経営が厳しい時期で、どこも新規投資に消極的であったため、ブラジルで生産されていたモデルは、本国の二番、三番煎じ的なものばかりで、先進国のものに比べ、かなり見劣りのする車が多かった。
1990年に、大統領に選出された若きコロール・デ・メロ氏が、先進国を歴訪した際、ブラジルで生産されている車のモデルが著しく劣っていることを、「まるで荷車のようだ」と酷評し、マスコミを通じて国内メーカーの怠慢を批判したことに発し、各社は次々と先進国並みの最新モデルを投入し始めたことによって、国産車は大きく様変わりをした。
90年代になってようやくインフレが鎮圧され、経済が次第に活性化し始めると、堰を切ったように世界中のメーカーがブラジル上陸を開始した。
フランスのルノー、シトロエン、プジョー、日本からはホンダ、トヨタ、韓国のヒュンダイが生産を開始し、ブラジル市場は一躍、世界有数の激戦地に変貌した。

フィアット社の主力、大衆車パリオ


現在のシェアーは、フィアット22,8%、ワーゲン21、0%、GM19,8%、フォード10、1%、ルノー4,8%、ホンダ3,8%、ヒュンダイ3,2%、トヨタ3,0%、プジョー2,7%、シトロエン2,5%である。
各メーカー共、本国における最新のヒットモデルと、最新技術を投入してしのぎを削っており、その熱い戦いはますますヒートアップしている。
日本車では、トヨタがカローラとフィルダー、ホンダはシビック、フィットとシティーを生産しており、スバル、ニッサン、三菱、が輸入販売で実績を挙げていて、いずれも近々現地生産すべく、準備を整えている。
5年前までは、オートマチック車はほとんど無かったが、今では新車の70%はオートマチックで、燃料はガゾリン、アルコール両用車が一般的である。車種も多種多様にわたり、選り取りみどりで、しっかりとコンセプトを持っていなければ選択に迷ってしまうぐらいだ。
売れる車種は、圧倒的に小型車が多い。トヨタのカローラやホンダのシビックは、こちらでは大型の部類に入る。

市場に一大旋風を巻き起こしたヒュンダイのトゥクソン

どのメーカーもシェアーの獲得に躍起になっているが、中でも韓国のヒュンダイは、他のメーカーに比べ、際立ってアグレッシブだ。全てのミヂアに派手に広告を掲載し、テレビでは主要チャンネルのゴールデンアワーを独占して強力な宣伝を行っている。価格も、日本メーカーの同じ車種より2~3割がた安く、トヨタの営業部長が「信じられない」と首をかしげている位で、一説によると南米における韓国製自動車の販売増進は、メーカーと国が共同で取り組んでいる、いわば国策である、とのことである。
ブラジルの自動車の販売価格は、税金が価格の50%近くを占めるので、日本に比べるとずっと割高である。1000ccクラスの小型車が3万レアール(150万円)1600ccクラスだと6万レアール(300万円)2000ccは8万レアール(400万円)が相場である。
余談になるが、ブラジルでは小型車が主流であるのを見るにつけ、私は、日本に行くと、道路が狭く、ガレージのスペースもロクに無いにも関わらず、何故か大型車がやたらに多いことが、とても気になる。国民が一様に一回り小さな車を持つようにすると、経費も節約になり、スペースにも余裕ができるのでは..などとお節介なことを思ったりする。

運転席の設計がすばらしいホンダ、シビック


ブラジルの自動車生産の歴史の変遷とともに、私の車歴も結構多彩である。
初めて車を持ったのは、貿易商社でセールスマンに昇格して、収入が増えた1965年で、中古のワーゲンのカブト虫だった。さすがはナチスの軍用車、乗り心地はイマイチだが、2年間でエンストはゼロと、堅実なドイツ民族を象徴するような車だった。
それから、リオ支店勤務になり、サンパウロ・リオ間(440km)を毎週往復するために、ワーゲンのスポーツタイプ、カルマン・ギア(中古)に買い換えたが、エンジンは1600ccのワーゲンと同じもので、そのスマートな車体は、街道では注目の的であった。
初めて新車を手に入れたのは、百貨店チェーンのエグゼクティブとして、高給取りだった1970年で、GMのオパーラというハードトップのクーペであった。初めて乗った大型アメリカ車で、何となくステイタスがアップしたような気がした。
旅行社を経営していた1974年には、VIPの送迎用にフォードのギャラクシーを使用した。アメリカ車らしい、リムジンタイプの大きな車体は貫禄充分で、ハンドルを握ると、なんとなく自分もVIPになったような心地よさがあった。
同じ頃、私用ではダッジ・ダートのスポーツ・クーペを愛用していたが、存在感の在る車体は、安定感抜群で、最も気に入っていた車の一つである。
その後、レストランを経営するようになり、仕入れ用に、ブラジルで初めて生産されたステーション・ワゴンである、GMのキャラバンを手に入れた。荷物のスペースも充分大きかったが、車体がスマートで、セダンのように外出用にも使用できた。
1992年から12年間日本に滞在している間は、日本の右ハンドルには自信が無かったので、車の運転は差し控えたが、2004年にブラジルに戻って来ると、私の留守中に、ホンダとトヨタが、遅ればせながら、乗用車の生産を始めており、早速ホンダのシビックを購入した。
細かいところまで、メーカーの気配りが感じられ、さすがは日本の車だと、誇りに思ったものだ。
2006年に、興味半分で、その年のカー・オブ・ザ・イヤーで、評判の良かったシトロエンのC4を一年ほど使ったが、フランスの車は、車が主役でドライバーは脇役のような感じで、今ひとつ馴染めず、結局、運転席がドライバーに配慮した設計になっている、ホンダの良さを再認識し、今は再びニュー・シビックに買い換えて、愛用している。
ブラジルは車社会なので、どこへいくのにも車を使う。私は、年間3万kmを走行する。合計すると、今までに地球を20周以上走っていることになる。      (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
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(46)世界有数の激戦地・ブラジルの自動車マーケット への3件のフィードバック

  1. マキムラ より:

    私も車は好きで色々乗りましたが1964に乗った中古のポルシェスピードスター’58がビックリしました、あの時代に100マイルで長く走れるのに興奮しました、まだその頃は日本車は長く高速走行出来ませんでした、その上その車は2年乗り生産台数も少ないので倍の値段で売れました。(その後この車のレプリカがブラジルで作られました)。我々の世代は色々な物のものすごい変革を経験してきました、例えばレコードのSP,LP,カセットテープそしてCD,レーザーデスク、DVDとこの数年での変化です、カメラもしかり、次は車がハイブリッド、電気、新燃料とどの方向にいくのか、すべての今までの変化に対応できた日本の技術でもう一度世界一をめざせ!!!韓国、中国、に負けるな!!!!

    • mshoji より:

      韓国系は車だけでなく、エレトロニクスや家電業界でも、ブラジルではとても積極的で、日本のパナソニック、ソニー、東芝などは先発であるにも関わらず、既に量的には追い越されてしまっています。技術面で勝ることは勿論大切ですが、世界に進出する場合、日本のメーカーは、マーケティング技術についてもっと研究する必要があると思います。その方面のセンスは、間違いなく韓国系が一歩も二歩も先んじています。

  2. achibe より:

    最近、日本の都会に住む若者は車はもちろん、自動車免許すら持っていないことも決して珍しくないようです。背景には都会はインフラが十分整っていること、何よりその維持費が若者にはとても捻出できる金額ではないことが要因です。mshojiさんは日本には軽自動車の方が合っているとお考えですが、それ以前の問題が起き始めている訳です。国としても軽自動車は税金面で猶予されているので普通車を売りたいのが本音だと思います。

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