(32)夢の島・フェルナンド・デ・ノローニャ諸島

夢の島、フェルナンド・デ・ノローニャ                                    左手の尖った岩山は島の象徴「モーロ・デ・ピッコ」、手前の海浜が、コンセイソン浜

2009年5月31日19時03分、乗客216人、乗員12人を乗せたエールフランス航空447便のエアバスA330機は、パリのドゴール空港に向かって、リオ・デ・ジャネイロ国際空港を飛び立った。そして、翌6月1日2時14分に最後の交信が行われた後、消息を絶った。

6月7日になって、ブラジル空軍がフライトのちょうど通り道にあたり、レシーフェ市から545キロにあるフェルナンド・デ・ノローニャ島に近い大西洋上で、エールフランスのロゴが入った機体の残骸を発見し、エアバスの墜落が確認された。以後、島が拠点になって遺体と遺留品の回収作業が行われたことは、まだ記憶に新しい。

この不幸な事故で、フェルナンド・デ・ノローニャ島は一躍世界の脚光を浴びたが、実は、ノローニャ島を含む20の島々からなる国立海洋公園は、2001年に世界遺産リストに登録されていて、ブラジル人たちの間では、以前からあこがれの観光スポットである。ノローニャ諸島は、「ひときわ優れた自然美及び美的な重要性を持つ最高の自然現象または地域を含むもの」の登録基準を満たしていると見なされたのだ。

今年の3月、私は、予てから一度行きたいと思っていたフェルナンド・デ・ノローニャ島を、家内と共に訪れた。

海洋国立公園は20の島から成っているが、その合計面積は24平方キロで、本島のノローニャ島は17平方キロである。硫黄島を一回り小さくしたくらいの島で、人口は1200人だ。

サンパウロを飛び立ち、約5時間のフライトでレシーフェ空港に着く。そこからノローニャ島行きのフライトに乗換え、大西洋上を2時間程飛ぶと、海洋国立公園の上空に達する。低空飛行で上空をグルリと一回りする機長の粋な計らいで、真っ青な海に浮かぶ、美しい島々が窓から飛び込んでくる。岩に砕ける白波が目にまぶしく、期待がいやがうえにも高まる。

島の高台にしつらえられた短かい滑走路を、目一杯に使ってボーイング737機はノローニャ島に舞い降りた。タラップを降りると、島の象徴である尖った岩山「モーロ・デ・ピッコ」がすぐ目の前に見える。気温は高いが、さわやかな風が頬をなで、暑さを感じさせない。

出迎えのバスに乗り込んだ乗客たちは、それぞれの宿舎に向かい、空港に近い順から下車する。我々が予約したホテル「ポーザーダ・デ・ゼ・マリア」が、バスの終着点になった。それまでにバスが立ち寄った、複数の民宿に比べると、随分と立派だ。ホテルは、空港から見えた岩山「モーロ・デ・ピッコ」のちょうど反対側に位置していて、インデアンの顔のように見える岩山が、すぐ側に聳え立っている。

カシンバ・デ・パドレ海岸で、イワシに群がる海鳥たち

翌日は、早朝からタクシーをチャーターしてプライア(海浜)巡りから、島の探索を始めた。先ずは、現地の人たちが内海と呼ぶ、南側の海浜をざっと一通り見て回ることにした。プライア・デ・カッショーロ(犬の浜)、コンセイソン、ボルヅロー、ボーデ(ヤギの浜)、キシャビーナ、ポルコ(豚の浜)、カシンバ・デ・パドレ(神父の井戸の浜)など、白い砂浜と青い静かな海が、いずれ劣らぬ美しさで訪れる人たちを魅了する。内海側の海岸は、強い北風が島に遮られ、微風がそよいでいて、体感度は最高だ。それでも勿体ないことに、どの砂浜にもほとんど人影がない。カシンバ・デ・パドレの浜で、地引網にかかった鰯に群がる海鳥の大群が印象的だった。鳥たちは全く人を恐れることなく、漁師の手から直に魚をついばみ、もっとくれとせがむ。

エールフランス岬から望む大西洋。この向こうにアフリカ大陸がある。

午後は、外海と呼ばれる北側の海岸を探索した。プライア・デ・レオン(ライオンの浜)、アタライア(見張りの浜)、カラカス岬、カエイラ入江、エールフランス岬など、大半は切り立った岸壁から、真っ青な大海原が広がっている。次々に押寄せる波は、岩に砕けてしぶきの花を咲かせている。圧巻は、ブラジルで最も短い国道である363号線(全長7km)が行き止まる、バイア・スエステ(南東の湾)だ。湾の入り口に二つの島があって、外洋の波を遮っているので湾内の海面は穏やかだ。この海岸は、海亀の生息地として知られている。早速、海辺の屋台でシュノーケルとフィン(足ひれ)を借りて、潜ってみることにした。水深2~3メートルくらいで、透きとおった水の中を、大きな海亀たちが、ゆったりと目の前を横切ってゆく光景は、ただただ感動的だ。難をいえば、私も家内もシュノーケルを使った経験がなかったので、要領が分からず、呼吸のタイミングがずれて、時々海水を飲み込んでしまったことだ。

バイキング・ディナーの磯マグロ姿造り

その日は水曜日で、我々の宿泊しているホテル「ポウザーダ・デ・ゼ・マリア」で、恒例になっているという、週一度のバイキング・スタイルによる夕食が供される日だった。7時ごろから、レストランの中央に設けられた大テーブルに、海の幸、山の幸をふんだんに使った料理が、次々と並べられる。ホテルのオーナーのゼ・マリア氏が昼間に沖で釣り上げたという、磯マグロの姿造りが供されているのには驚いた。

8時になると、ホテルの宿泊客だけでなく、島のあちこちの民宿に滞在している人たちが続々と集まってくる。ゼ・マリア氏がやおらマイクを取り上げ、本日のメニューの説明を始めた。山海の珍味が、一つ一つ丁寧に紹介される。供されている寿し、刺身の段になって、「我家のジャポネース」と紹介された寿しメンは、日本人とは似ても似つかぬブラジル人だ。ゼ・マリアさんのジョークが客の爆笑を誘う。長髪で髭面の大男、ゼ・マリア氏は、30年前にフラリと訪れたノローニャ島がすっかり気に入ってしまい、そのまま住み着いたという。今では、ホテルを始めとする観光事業を多角経営している、島随一の有力者で、人懐っこい笑顔が、そのままホテルのロゴマークになっている。

決して安くない旅費を払ってノローニャ島まで遊びにくる人たちは、中産階級のブラジル人たちで、大半が日本料理(レストランでは結構高い)に慣れていると見えて、寿し、刺身があっという間に売り切れる...と思ったら、間髪をいれずに大盛りのお替りの皿が出てきた。何とも贅沢なディナーだ。お互い旅人同士の気安さで、和気藹々と、家族的な雰囲気で夕食は夜遅くまで続いた。

翌日は、サント・アントニオ港から出航して、スクーナーで沖に出るツアーだ。ガイドさんから、シュノーケルと浮きベストを携行しているかどうかの確認がある。情報不足のため、道具を持参していなかった我々は、急遽、港に隣接した売店でレンタルをして、船に乗り込んだ。

海から見る島の景観は、陸からのものとはまた違った美しさであった。大西洋の沖は、あくまでも濃い藍色で、ゆったりとうねっている。突然、船べり近くで、イルカがジャンプして、乗客を驚かせた。海をのぞくと、イルカの大群が、我々を歓迎するかのように、船と並行したり、前を横切ったりして気持ちよさそうに泳いでいる。時々ジャンプしたり、空中捻転をしたりの大サービスで、船客の目を楽しませてくれる。

イルカと別れたスクーナーは、島を左手に見ながら、青い大海原を、白波を切って島の先端部まで進み、そこでUターンしてサンチョ湾の沖合いでエンジンを止めた。サンチョ湾の奥にある海岸は、ブラジルで最も美しい浜辺といわれているが、切立った断崖の下にあるので、島側からのアクセスは困難だ。この湾は、水深30メートルまで見通せるくらい、水が澄んでいることで有名だ。さあ、シュノーケルと浮きベストの出番だ。乗客は次々と海に飛び込む。私たちもシュノーケルをつけて海に入る。海水の冷たさが心地よい。一気に潜る。

ブラジルで最も美しい海浜といわれるサンチョ湾の砂浜

そこには、驚くべき光景が展開されていた。数10メートル下の海底は岩棚で、苔などのエサがあるのか、色とりどりの大小の魚が無数に群がって、遊泳している。こんな光景は、ビデオなどで見たことはあるが、実際に目で見たシーンは、迫力にあふれていて、感動の極みであった。それは正に夢の世界で、竜宮城の庭はかくありなんと思えるほど幻想的だ。シュノーケルのガラスがレンズ化し、魚が拡大されて手を伸ばせば捕まりそうに見える。何度も試みるが、実際の距離はもっとあるようで、手はそのたびに空(水?)を切った。

水中では結構体力を消耗する。余りのすばらしさに夢中で泳いだせいか、船にあがると少々グッタリしてしまったが、充実した時間を過ごした満足感で満たされた。

次の日は、自然保護地域であるアタライア海岸を訪れた。一度に30名以上は立ち入りを許可しない海岸で、一年にわずか5ミリから1センチしか成長しない、珊瑚を保護するために、環境局は細心の注意を払っている。徒歩で2キロほどの山道を行くと、突然目の前に大西洋が広がる。水辺から100メートル位のところに、珊瑚礁が塀のようになって外洋の荒波を遮り、こちら側はまるでプールのように、波のない澄み切った水をたたえている。監督官が目を光らせていて、水に入ると歩行禁止で、泳がなければならない。シュノーケルと浮きベストをつけて、海面を浮遊する。水深1~2メートルの海底は真っ白な砂で覆われており、大小の魚が悠々と泳いでいる。塀の珊瑚礁に沿って、小型のサメが泳いでいるのが見える。砂底にじっとしているのはヒラメだろうかカレイだろうか?浅瀬の岩陰から小さなタコが突然飛び出した。岩から岩を伝ってまるでかくれんぼをしているように、逃げてゆく。こちらは、前日のサンチェス湾沖とはまた一味違った水中の世界を楽しむことができた。

四日目は、ホテルから徒歩で行ける、コンセイソン海浜でゆったりとした時を過ごした。白い砂浜が延々と続く景観は、私たちが住んでいるグアルジャー島のエンセアーダ海浜と、地形がよく似ているが、似てもつかないのは、海水の抜群の透明度だ。勿体ないことに、数キロある砂浜には、私たち以外に人影はなく、終日貸切状態であった。

双子岩に沈む夕陽を展望台から望む

大西洋に巨大な夕陽が沈む、ノローニャ島のサンセットも見ものだ。志摩の二見ケ浦に似た、双子岩(サイズは二見の5倍程ある)の間に沈む夕陽を眺める展望台は、いつも大盛況とのことだ。

翌日の午後、心ゆくまで美しい海を楽しんだ私たちは、フェルナンド・デ・ノローニャ島を後にした。飛行場で、末娘の誕生日が次週なのをふと思い出し、プレゼント用に、売店で見つけた素朴な赤い珊瑚のペンダントを購入した。               (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
カテゴリー: その他、色々, (き)気候が快適 パーマリンク

(32)夢の島・フェルナンド・デ・ノローニャ諸島 への1件のフィードバック

  1. きつの より:

    懐かしいです。20年近く前に行きました。有り難うございます。

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