(27)安易に非を認めないブラジル人

車の事故。非はいづれに...?

 

交差点の手前で、信号が青から黄色に替わった。一瞬躊躇した車が停止する。「ガツン」という音と共に、背中に衝撃を感じる。追突だ。

ドアを開けて外に出ると、既に車を飛び出した後続車のドライバーが、血相を変えてこちらに向かってくるのが目に入る。

「何で急に止るのだ!」と後続ドライバー。

「赤信号で止るのは当然だろ!」

「まだ黄色だったろう!」と後続。

「そちらこそ、ちゃんと前を見ていたのか!」双方、相手に非があるとして譲らない。

これが、日本だとどうだろう?追突の場合は、後続車に非のある場合が多いことを、常識的に誰もが知っている。おそらく、後続ドライバーは車を飛び出して、「申し訳ありません!」という言葉を発することから、会話が始まるのではないだろうか。ブラジルでは、一見非のあるように見える方が、先制攻撃をかけて、あたかも相手に非があるようにふるまうのが普通である。

ブラジルは世界中から色んな人種が集まって出来ている国である。それぞれの国には異なった常識があり、善悪の基準も微妙に異なる。義務と責任の定義も必ずしも同じではない。何かトラブルが生じた場合、どちらに非があるかを判断する基準は、それぞれの国によって異なっていて当然である。

NHKの国際放送で見たが、最近、尖閣諸島で起きた中国漁船と、日本の巡視船の衝突事故でも、国によって善悪の認識の違いがあることが、よく解る。

日本では、少しでも自分に非があると感じたら、早めに「御免なさい」と誤った方が、事がよりスムーズに運ぶ場合が多いし、下手に言い訳をしたりすると、ますます事がこじれて、解決に手間取ったりする。

私がブラジルに来た当初、先輩から「トラブッた場合、もし自分に非があるとしても、簡単には謝るな」と教えられた。自分に非があると思うのは、あくまでも自分の常識を基準にしているので、別の常識だと非が無い場合もあるのだ。ところが一度非を認めてしまうと、異なる常識による調整の可能性を放棄することになり、不利のままで事が終わってしまうからだ。

異なる常識を持つ本人同士による、トラブルの解決は極めて困難である。そこで、弁護士が介入することになる。お互いの弁護士が、双方の常識と、ブラジルの法律を擦り合せて解決を模索するのだ。ブラジルでは、弁護士という職業が大繁盛する所以である。

ラテン民族に浮気はつきもの...?

ある日、亭主の浮気がバレ、コトの最中に妻が現場に乗り込んだ。あわてた亭主は、タオルを腰に巻きながら、懸命に妻を説得する。

「落ち着くんだ。君が見ている光景は、幻影であって、断じて現実のものではない」簡単に非を認めない上に、クリエイティブなブラジル人の、ウソのようで本当の話である。  

実はその昔、私もこのような状況にたたされたことがあるが、パニクってしまって、とてもブラジル人のようには振舞えなかった。所詮は、常識的な日本人なのであろう。    (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
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