(10)一夜明けたら億万長者

パラダイス リゾート 18番ホール

「ショージさんは、何をされている方ですか?」

「リタイアーして、この近くのランチョ・コーベという、小さな牧場で、馬を飼っています」

「へーっ、そうですか。馬といえば、前々からホテルで乗馬サービスをやりたいと、思っていたのですが・・」

「企画書を作ってみましょうか?」

「そうしていただけますか」

パラダイス・ゴルフリゾートの3番ホール・パー5で、お互いに快心のティーショットを放ったあと、フェアウエイを歩きながら、堀井フミオ氏(76)と交わした会話である。時は2009年の春、ある早朝のことであった。

サンパウロ市から、車で4車線の高速道路、アイルトン・セーナ街道を東に向かって30キロ走ると、左手にグアルーリョス・サンパウロ国際空港が見える。さらに40キロ進んで街道から右にそれると、眼下の山間(やまあい)に大きな盆地が開け、モジ・ダス・クルーゼル市のたたずまいが、目に飛び込んでくる。

1908年に初めてブラジルに上陸した日本人移民たちは、10年を経て、ようやくコーヒー農園の過酷な労働から開放され、サンパウロ州の各地に新たな道を求めて分散していった。

モジ市は、そんな日本人移民たちがたどり着いた町の一つで、1920年頃から、家族単位で郊外に小さな土地を手に入れ、野菜の栽培をはじめた。収穫された野菜は、70キロ先のサンパウロ市の中央卸市場に運ばれ、そこからさらにブラジル全土に配送されていった。こうして間もなくモジ市は、ブラジル有数の野菜供給地域に発展していった。

日本人たちの野菜作りは、ブラジル人たちの食生活に一大改革をもたらした。習慣的に肉を食するブラジル人たちの食卓に、レタス、白菜、キャベツ、トマト、きゅうり、なす、人参などの新鮮な野菜が並ぶようになり、食事にバランスがとれるようになったのである。

柿はCAQUIと呼ばれる。モジ・ダス・クルーゼスはブラジル最大の柿生産地

野菜だけにとどまらず、彼らは柿、桃、栗、びわ、いちじく、などの栽培も手がけるようになった。元々ブラジルは果物の豊富な国で、マンゴー、バナナ、パイナップル、アボガド、オレンジ、メロン、パパイアなど、従来からあるトロピカル系の果物に加えて、ブラジル人たちは、温帯系の果物も口にすることが出来るようになったのである。ちなみに柿は、ポルトガル語でもCAQUI(カキ)と呼ばれ、ブラジル人たちが最も好む果物の一つになっている。

それをきっかけに、モジ市の経済が発展したといわれている。人口は37万人、今でも市民の約1割は日系人である。

広島県出身の堀井一家が、この土地に入植したのは1936年で、フミオ氏が3才のときであった、それ以来、多くの日本人農家とともに、一家で野菜栽培一筋に汗を流し、モジ市の発展に一役買った。

時はめぐり、成長したフミオ氏は、モジ市の郊外、ダウンタウンから南に10キロの地点で、満々と水を湛(たた)えたタイアスペーバ湖の畔(ほとり)、ジュンジアペーバ村に土地を手に入れ、家族から独立して、野菜栽培をはじめた。

ところが植えつけたトマトの成長が思わしくない。手を尽くしたが状況に変化は見られず、土質に疑問をいだいたフミオ氏は、サンパウロの試験所に農園の土を持ち込み、分析を依頼した。

一夜明けて、結果がでた。そして驚くべき事実が判明した。

土地には、大量のカオリンが含まれていたのである。(コトバンク:カオリン【kaolin長石を含む岩石風化によってできた粘土カオリナイトなどが主成分。名は、産地であった中国江西省の景徳鎮付近の山、高陵Kaoliangに由来陶磁器アート紙コーティング、化粧品、薬の賦形剤「ふけいざい」などの原料にする。)
フミオ氏は、地域一帯の農家も、やはり野菜の不作に悩んでいることを知っていたので、彼らに土地の買い取りを持ちかけた。隣人たちは二つ返事で、フミオ氏に土地を譲り、もっと野菜栽培に適した土地を探して移転していった。このようにして、手に入れた土地は100ヘクタール(240万平米)に及んだが、カオリンは無尽蔵に近く、フミオ氏は、一夜にして巨万の富を手にすることになった。ちなみに、国内外でカオリンの需要は無限である。

モジ市に隣接するアルジャー市に、日系人コミュニティーの有志たちが出資して1970年に造成されたゴルフ場がある。付近の農家や養鶏家の成功者たちの多くは、このアルジャー・ゴルフクラブのメンバーになっていた。ある日、フミオ氏は、彼らに誘われてゴルフ場なるものを見に行った。

初めて見るゴルフ場の美しさと、一見易しそうに見えるゴルフというスポーツに、すっかり魅了されてしまった堀井氏は。早速、クラブを購入して練習を始めた。

間もなく、上達まだ半ばの堀井氏は、友人たちに誘われるままに、初めてコースに出ることになった。

結果は散々で、左右に曲がる球に加え、チョロやエアーショットを連発して、後続パーティーの大渋滞を引きおこしてしまったのだ。たまりかねた後続のプレーヤーが、事務局に注進するに及び、フミオ氏は、バイクで駆けつけた係員に、コースの真ん中で、厳重注意を食らってしまった。

そのことが余程悔しかったのか、堀井氏は「自分のゴルフ場なら、下手クソでも誰にも文句を言われることはない」とばかり、カオリンを採掘し終わった土地を活用して、本当に自分のゴルフ場を、しかも自らの設計で、造ってしまったのだ。

造成にあたって彼は、国内の名門ゴルフ場は言うに及ばず、マイアミに飛んで、有名なドラードGCを始め、数ヶ所の著名なゴルフ場をしらみつぶしに見て回り、それを元に、レイアウトを頭に描いて帰国すると、早速、自らトラクターを運転して、土を動かし始めた。長年の農業経験から、土を動かし、芝や木を植えることはお手のものであるのに加え、湖畔でアップダウンの少ない地の利もあって、3年後には、とうとう立派な18ホールのチャンピオンコースを完成させてしまった。

こうして、堀井氏は誰にも干渉されないゴルフを楽しめるようになったのである。

大都会サンパウロ市から車でわずか一時間、湖畔に広がる美しい18ホールと広大な土地に着目した、ホテル・チェーンの大手、ブルーツリー・グループが、ゴルフ場を目玉にしたリゾートホテルの建設を提案した。それを受け入れた堀井氏は、ただちに工事に着手し、2年後に、100室のホテルを完成させた。

ホテルはたちまち泊りがけのゴルファーたちで賑わった。意を強くした堀井氏は、その後増設を重ね、5年後には416室を有する、堂々たる総合リゾートホテルを完成させた。

今でも、仕事の前に、毎朝8時スタートで、9ホールをラウンドすることが、堀井氏の日課になっており、たまたまある朝に、私がラウンドに同行させてもらって交わしたのが、冒頭の会話である。

私の企画書は承認され、6ヵ月後には厩舎と馬場が完成し、8頭の馬が運び込まれて、ランチョ・コーベが請負った乗馬サービスがスタートした。

チビちゃんたちに大好評 ランチョ・コーベの乗馬サービス

こうして、パラダイスは、ゴルフと乗馬という、ノーブルな2大スポーツを目玉とする、より充実した総合リゾートホテルとなった。

今年77才になる堀井氏は、益々意気軒昂である。ホテルのガレージには大小のトラクターが6台ならんでいる。ある日、私はそのことについてコメントした。

「ホテルにしてはトラクターの数が多いですね」

「ショージさんが、馬が好きなように、私は機械が好きでして・・・」

ととぼけていたが、今日の繁栄を土から得た堀井氏は、常に土を掘り返すことによって、新たな活力を得ているように、私には思える。

彼の土に関わるチャレンジャー精神は飽くことを知らない。今、新たな9ホールを造成中で、その周りに別荘コンドミニアムを建設する計画だという。

堀井氏の夢は、さらに広がる。2014年にブラジルで開催が決まっているサッカーW杯に、あわよくば、FIFAの公認ホテルに指定され、日本代表の合宿拠点になることが次の目標であるという。そのためにホテル内に、二つ目のオフィシャル・サイズのサッカーグランドを急ピッチで増設中である。

60才からリタイアーを決め込んでいた私は、そんな堀井氏を見て、自分が恥ずかしくなり、今年になって現役に復帰した。突然復帰を宣言した私に、後継者にした二人の娘たちは、戸惑ったようであったが、「余り口を出さない」ことを条件に合意し、今では週に2日、出社している。                                (完)

参照

リゾートホテルのホームページ:www.paradiseresort.com.br

乗馬サービスのホームページ:www.ranchokobe.com.br

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
カテゴリー: (す)スケールが大きい パーマリンク

(10)一夜明けたら億万長者 への5件のフィードバック

  1. Manabe より:

    スケールのでかい自然の中にいると夢もでかくなるな、、、現役復帰はとてもいいことだと思う、、、私は身体が動かなくなるまで働きたいと思って毎日あくせく仕事をしていますが、幸せを感じています。大切なのは結果だけではなく生き方を決めてそれに夢中になれることだと、心身共に充実して頑張ってください。

    読んだ人に強い印象を与えるとてもいいエッセイだと思っています。

  2. Daison より:

    パラダイスリゾート。
    何度か噂は聞いているのですが、未だプレーできておらず。
    一度行ってみたいのですよね。

    訪問できた際は、乗馬にもチャレンジしてみたいと思います。

    ゴルフ場脇のコンドミニオ、アメリカみたいで良いですな。
    出来上がるのが楽しみです。

    土と共に生きる堀井さん。
    やはり地道な人が最後は幸せになる、ということですな。

    • mshoji より:

      ゴルフをされるのでしょうか?ぜひ一度パラダイスへお越しください。レイアウトはその後様々な改良が加えられ、いまでは結構味のあるコースになっています。

      • Daison より:

        下手の横好きではございますが、私もゴルフは嗜めます。
        是非、一度ご訪問させていただきたいと存じます。

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