(7)多様性に富んだ国・ブラジル I

多様性に富んだブラジル女性

1500年にポルトガルによって発見されたブラジルは、植民地時代に、本国から150万人のポルトガル人が移住し、この広大な国土の開発に着手した。そのための労働力として、1559年に、アフリカから黒人奴隷の導入を開始し、その後、世界的に奴隷取引が禁止される1850年までの間に、約300万人の奴隷を強制的に連行した。このため、同時代のブラジルの人口は、白人30%、黒人・現地人70%の比率であった。

1822年、本国ポルトガルから独立した後のブラジルの経済発展は目覚しく、コーヒー農園、さとうきび栽培、鉱産物の発掘など、人手はいくらあっても足りない時代が続き、独立政府は移民の導入を積極的に推進した。

最初の移民は1819年に到着したスイス人で、続いて1824年にドイツ人が導入された。その後、1888の奴隷解放を挟んで、本国ポルトガルを始め、イタリア、スペイン、北米、フィンランド、ポーランド、チェッコ、ウクライナ、アラブ、イスラエル、ロシア、トルコなどヨーロッパ諸国から多くの移民が海を渡ってブラジルに上陸した。

ヨーロッパから白人移民の導入を積極的に推進した目的は、労働力確保のほかに、国の白人化を図る目的があった。

1902年に、最大の移民送り出し国であったイタリアが、ブラジルでの移民虐待を理由に、移住を一時的に禁止したために、議会はそれまで禁止していた東洋人の導入を承認し、1908年に最初の日本人移民が到着した。このようにして、2000年までにブラジルが受け容れた移民総数は約600万人である。

これが今日、1億9千万人の人口を有する、ブラジルのベースとなっている。独立政府が目指した白人化については、奴隷として連行された黒人の大半は男性であったために人口増加が抑制され、現在ブラジルで黒人の占める比率は31%となっている。またブラジルには70カ国の外国人が在住している。

ブラジルの言語であるポルトガル語は、一説では、世界で最も進歩した言語であるといわれている。その理由は、過去のヨーロッパでは、ローマ帝国の拡大、ナポレオンの征服などの激動の時代に、多くの国の民が祖国からの逃亡や移動を余儀なくされた。西に向かった難民たちの終着点が、イベリア半島の、地理的にどん詰まりにあるポルトガルで、色々な国から来た人たちの溜まり場になった。彼らは当初それぞれ異なった言語を話していたが、その共通語として生まれたのがポルトガル語であるといわれている。

ポルトガル語を話せる人は、スペイン語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、英語などを覚えるのがめっぽう早いといわれる所以は、元来それらの言語の合成語がポルトガル語であるからであろう。

そのポルトガル語がブラジルに渡り、異なった国から来た移民たちによってさらに磨きがかけられたのが、ブラジルのポルトガル語(本国のポルトガル語と発音が異なる)で、ひょっとしたら世界で最も進歩した言語かも知れない。

ヨーロッパからブラジルに渡ってきた移民たちにとって、ポルトガル語は極めて覚え易い言語なので、彼らは間もなくポルトガル語を中心にした生活を始める。そこに共通意識が生まれ、お互いに外国人であるという意識は日に日に薄れてゆく。やがて彼らの間で、友愛が生まれ、恋愛をし、結婚して子供が生まれる。ヨーロッパ人同士が結婚して生まれる子供たちの容姿は、特に目立った特長がある訳ではないので、二世、三世と世代が進むと、親の祖国がどこであるかということは、ほとんど意識になく、話題にもならない。

ブラジル人女性にモテモテの日系人


その点、唯一の例外は日本人移民である。容姿の特徴は隠しようがなく、見ただけでそれと解る。日本語はポルトガル語との共通点は皆無に等しいので、言語の習得には苦労するが、それでも発音が、aア、iイ、uウ、eエ、oオ、とローマ字読みなので、英語やフランス語より、はるかに易しく、やがて話せるようになる。二世、三世になると言語の問題はないが、容姿の特徴は依然として一目瞭然である。

ところが、ヨーロッパ系ブラジル人たちの方は、日系人の容姿の違いを全く意識していない。金髪、黒髪、赤毛、チリチリ毛など異なった髪の色や、白、黄色、褐色、黒など、肌の色が違う人種が共存していることを当然と思っているからでもあるが、もう一つは、ブラジルの法律が、人種差別を厳しく禁止しているために、幼少の頃から、差別しないことがブラジル人の常識になっているからだ。

というわけで、ブラジルは日本人が、世界で最も大きな顔をして歩ける国で、最も住みやすい国であると、私は思う。日本人の特徴的な容姿は、この国ではプラスにこそなれ、まずマイナスになることはない。ちなみに私は、50年のブラジル生活で、マイナスを感じたことは一度もないどころか、逆にプラスに感じたことは数え切れないくらいある。

日本移民の歴史は100年を越えたが、先駆者たちの最大の功績は、日本人が誠実・正直・勤勉であることをブラジル社会に広く浸透させてくれたことであろう。お陰で、我々後発の移民は、黙っていてもブラジル人たちから信用される。

二世、三世になると、勤勉というより、ガリ勉で、有名大学に合格する比率が圧倒的に高く、一般ブラジル人学生たちの羨望の的になり、男性は、社会に出てからも堅実な人生を歩む確立が高いために、生活の安定を求める女性たちにモテモテである。そのせいで、世代が進むと共に、ヨーロッパ系のブラジル人と結婚する日系人が増え、三世だと40%、四世になると60%が混血である。

日系人との混血は優性遺伝のせいか、かわいい子供が生まれるケースが多く、それがさらにブラジル人たちの人気を呼ぶことになる。このまま世代が進むと、日本人の特徴的容姿は、いずれは失われてしまうではないかと危惧される所以である。

差別がないのは、人種だけではない。年令、性別、職業、所得差などについても差別されない。先輩と後輩、上司と部下、高齢者と若輩など、日本社会のように、上下が明確な関係はブラジルでは見られない。第一、ポルトガル語には敬語がない。上司でも、仕事が終われば同僚でしかない。

男女関係でも差別がないのは、男にとってはうれしい。年令が一回りも二た回りも若い女性が、デートに応じてくれることがあるからだ。そんなカップルが街を歩いていても、誰も気にもとめない。

この環境がいかに気楽で、肩が凝らないものだということは、日本人にとって、実際に経験してみないとわからないことかも知れない。          (続く)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
カテゴリー: (ジ)人種差別がない, (ル)ルーツの多様性 パーマリンク

(7)多様性に富んだ国・ブラジル I への5件のフィードバック

  1. Marina より:

    E aí pai!
    Ficou bem legal seu blog hein…parabéns.
    bjs

  2. Manabe より:

    差別のない国というのが素晴らしい、日本はそれがないようで未だに残っている、、、正直で勤勉な人が報いられる社会システムになっていることもブラジルが大きな発展を遂げさらに理想の国家に育っていく要因ですね。

    • mshoji より:

      専門家の予想では、ブラジルは、2030年にGNPで日本を追い越すそうですが、5年ほど前倒しになるだろうという見方が大勢のようです。

  3. Daison より:

    非常に興味深い記事です。

    まず、70カ国の外国人が在住という事実。
    世界中の70の国の名前を挙げわれる人も少ないでしょうから、いかに多民族国家であるかが理解できます。

    ポルトガル語がヨーロッパ圏言語の中でもっとも進化した言語とのこと。
    これも新たな認識です。
    たしかにポルトガル語を学習していて、時折、スペイン語やドイツ語の記事を見た時に、なんとなく意味が想像できたりする。これはその訳なのですな。

    そして、日系移民の諸先輩方々の努力による我々日本人の高い評価。
    このことには本当に頭が下がります。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中