(1)金髪に始まったブラジル人生

月明かりに浮かぶ金髪の裸身

窓からもれる青白い月明かりに照らされて、彼女の裸身が浮かびあがった。
それは陶器のように白くなめらかであった。
息を呑んで見つめる私を挑発するように、彼女は180度身体を回転させた。
脇の下から降りてゆく曲線は、一旦腰でくびれてからなだらかに左右に広がり、再び太ももへとゆるやかに狭まっていた。
こんもりと丸く盛り上がった白いヒップのすぐ上で、二つのエクボが私に微笑みかけていた。

渡航の前に、にわか仕込みで仕入れた知識の中に、ブラジルは世界一美女が多い国だという情報はなかった。

サンパウロについてほぼ一年たったころ、ポルトガル語を片言くらいは話せるようになっていた私は、ある土曜日の夜に同じ会社の同僚にバイレと称されるダンスパーティに誘われた。
200人はゆうに収容できそうなパーティー会場で、一堂に会する女性たちを見たとき、私は度肝を抜かれた。
金髪、茶髪、赤毛に黒髪など、まずバラエティーに富んだ髪の色に驚いた。そして白、黄色、褐色と色とりどりの肌の色に目をみはった。しかも彼女たちはこの日のためにメイクとドレスアップで目一杯めかしこんでいたのだ。私にはどの女性も絶世の美女に見えた。

この手のパーティーは、カップルでくる人たちは少なく、女性または男性同士のグループが、それぞれ新しい出会いを求めて会場に足を運ぶ、いわば出逢い系パーティーのようであった。

出会い系ダンスパーティー:バイレ

中央に大きな床スペースがあって、その周りをたくさんのテーブルが囲む形になっていた。やわらかな間接照明が、ロマンチックな雰囲気をかもし出していた。
テーブルについているのはほとんど女性たちだけで、男性は立ったままテーブルの間をゆっくりと徘徊して、好みの女性を見つけてはダンスに誘う。

最初のカップルが踊りだすと、それまで躊躇していた男女たちは堰を切ったようにフロアーに繰り出し始めた。生演奏のオーケストラが、速いリズムのサンバとスローのボレロを数曲づつ交代で奏でる。

ダンスの経験のない私は、とても女性に声をかけて踊りに誘う勇気などなく、ただ雰囲気に圧倒されてフロアーを見つめていた。美女たちが優雅に踊る風景は眺めているだけで楽しく、時はあっという間に過ぎてパーティーは最高潮に達しようとしていた。

同僚に勧められるままに、グラスを重ねたウイスキーが効き始めると、少し勇気が湧いてきた。
「踊るも見るも、同じ阿呆なら踊らにゃ損かな..」と思い始めた。
サンバは無理としても、スローのボレロならなんとかなるような気がしてきたのだ。

そして何となくすぐ近くのテーブルに目をやると、一人で座っている金髪女性と目が合った。見つめるその目に引き込まれるように、私はフラフラと彼女に近寄り、「ケール・ダンサール?(踊りませんか)」と声をかけていた。ニコッと微笑み、立ち上がった彼女の手をとり、ぎこちなくフロアーへとエスコートした。
袖が透きとおった白っぽいブラウスと、ピンク系のフワッとしたスカートを身にまとった彼女は、細身で身長は私より少し低いくらいであったが、目が魅力的で、見つめられると背中にゾクッとするような戦慄が走った。

折から曲はスローテンポのボレロに替わり、私は見よう見まねで、他のカップルたちと同じように彼女にピッタリと胸を合わせ、ダンスらしき動きをすることに努めた。
彼女の身体はしなやかでやわらかく、下手くそなパートナーの腕の中でなめらかにフィットして揺れていた。サンバのリズムに切り替わったところで一度切り上げ、ボレロに戻ったときにもう一度誘って踊った。

そして曲が終わったとき、思わず彼女に「テレフォーネ、テレフォーネ(電話)」とささやいていた。テーブルに戻った彼女は、ハンドバックからペンをとり出し、そっとメモを手渡してくれた。私は心の中で「ヤッターッ!」と叫んでいた。

間もなくパーティーはお開きになり、彼女とは握手をして別れた。そしてその夜は彼女の夢を見た。というか、正確には何時かどこかで見たことがあるような気がする彼女のあの魅力的な瞳の夢を見た。

翌日の日曜日の朝、目覚めるとすぐメモの存在を確かめた。それはあった、夢ではなかったのだ。
そうするともう居ても立ってもいられない。
前夜は遅かったので、10時になるのを待って、ドキドキしながら電話番号にダイヤルした。
「アロー」思いがけなくすぐに彼女が出た。
あせりでとっさの言葉が出てこない。「クスリ」と笑う声に励まされ、やっと言葉が出た。何とか片言で午後のデートを申し込んだが、伝わったかどうか自信はなかった。
ところが、彼女は時間どおりに待ち合わせ場所の公園に現れたのだ。
白いワンピース姿の彼女は、まぶしいばかりに美しかった。そして白日の光の中で、あの魅力的な瞳の色は深い緑色であることを発見した。

開放的なイビラプレーラ公園

大都市サンパウロのド真ん中にある緑のオアシス、イビラプエーラ公園は、私のようにレストランや映画に行くにはちょっと懐の淋しい若者たちのデート・ポイントで、若いカップルがあちこちの芝生に腰を下ろして逢瀬を楽しんでいる。
私たちも芝生に並んで座った。知っている限りの単語を並べて会話を試みた。そして彼女がポーランド系で、年令は私より一つ年下の19才、出身地はパラナ州のクリチーバ市であることなどを何とか理解した。それでも実際は会話より黙って彼女の瞳を見つめている時間の方が圧倒的に長かった。
どこかで見たことがあるように感じていたその瞳は、日本で最後に見た映画「クレオパトラ」のエリザベス・テイラーの目にそっくりであることに気がついた。

しゃべってもどうせ私には解らないと思ったのか、彼女の口数は少なかった。それでも時折微笑んだり、見つめ返してくれたり、手を握り合ったりしてお互いに退屈することなく、時間は過ぎていった。
夕闇がせまると、周囲にいたカップルたちもあらかた居なくなり、私たちも重い腰をあげた。
その日、次の日曜日のデートをOKしてくれた彼女に、私は手ごたえを感じた。

次の日曜日、彼女は若草色のスラックスと白いブラウスのいでたちで公園に現れた。スラックスは長い足をスラリと引き立てていた。
芝生に座って、売店で買ったハムサンドとコーラの昼食を一緒に食べた。安月給の私にとっては、それが精一杯の奢りだった。

周囲のカップルたちは、人の目も気にせずに抱き合ったりキスをしたりしている。私たちも自然に唇をよせた。彼女の口はちょっとすねたように前出気味だったが、肉厚の唇はやわらかくて甘かった。

その日の会話で彼女が何かのお店で売り子の仕事をしているらしいことを知った。

二人は夕刻まで公園で過ごし、お別れの熱いキスを交わしながら、次の約束を確認しあった。

一週間が過ぎるのが、あれほどもどかしかったことはない。

公園での三回目のデートでは、さらにヒートアップした時間を過ごした。
夕闇が別れの時間を告げる。すると立ち上がった彼女は、思いがけないことに私の手をとってバス停の方に誘導した。バスが来ると、彼女に後ろから押されて乗り込んだ。どうも私をどこかへ連れて行こうとしているようだ。

バスはダウンタウンに向かって走り、高層ビルが並ぶサンジョン大通りに入ったところで、彼女にうながされてバスを降りた。彼女はとまどうことなく歩道を進み、とあるマンションに入っていった。エントランスには頑丈な鉄製の扉がついており、大理石の廊下は磨き上げられいた。
エレベーターは4階に止まり、彼女は一番奥の角部屋の扉をバックから取り出したキーで開けた。入ったところは広いロビーで、ソファーがたくさん並んでいた。奥にいくつか部屋があるようだがシーンとしていて人の気配はない。
ロビーを横切った彼女は、廊下を奥へと進み、小さな部屋にたどりついた。そこはベランダを改造したような部屋で、大きなガラス窓で囲まれており、白っぽいカーテンがかかっていた。

そこでゆっくりと振り向いた彼女は大きく手を広げ、微笑みながら私を腕の中に誘い、優しくキスをしてくれた。しばらくして身体を離した彼女は窓のカーテンを少し開けた。月明かりが部屋一杯にあふれた。彼女はおもむろに金髪を肩にほどき、一枚一枚ゆっくりと服を脱ぎ始めた。

全裸で一回転した彼女は再びこちらに向き直った。円錐形の乳房の先にある乳首は、大きなピンク色の輪で囲まれていた。

「これが外人女性のボディーなのか!」

私は呆然としながらひたすらその美しいものを見つめていた。

延々とめくるめく時間が経過し、やがて月明かりが遠のいて、替わりに朝日があたりを照らしはじめるころ、私は少しまどろんだ。

何というすばらしい夜だったろう!私はそれだけでもブラジルに来た甲斐があったと、本気で思ったものだ。

それからというものは、日曜日になると彼女の部屋に泊まり、月曜日はそのまま出勤するパターンが数ヶ月続いた。本当は毎日でもデートしたかったのだが、彼女は何故か日曜以外の日に会うことを、かたくなに拒んだ。

私の、彼女への想いはますます募っていった。

その内、とうとうどうしても日曜日が待ちきれなくなった私は、ある金曜日、会社の帰りに彼女のマンションに立ち寄ったのだ。

4階の角部屋のベルを押すとすぐに扉が開いた。しかし応対に出たのは彼女ではなく、一人の中年女性だった。ロビーを見渡すとソファーに数名の若い女性たちが座っていて、こちらを見つめている。それは心臓が止まるほど、衝撃的な光景であった。

私は全てを察した。そこは「娼婦の館」であった。中年女性によると、彼女は仕事中とのことだった。私は無言でマンションを飛び出した。

ショックを受けた私は、それから数ヶ月は腑抜けのような日を過ごした。

金も勇気もなく、あるのはあきらめのみ..

一体あれは何だったのだろう?疑問が頭を駆けめぐる。どうしても彼女と過ごした時間への未練を断ち切れない。しかし彼女の職業を知ってしまった以上、もう前のような時間は過ごせない。

オプションがあるとすれば、金を払って付合うか、それとも同棲を誘うかであろう。しかし払うお金も、彼女と人生を賭ける勇気もなかった私の選択肢は、キッパリとあきらめることしかなかった。                    (完)

mshoji について

兵庫県神戸市出身。1960年、県立神戸高校卒業後にブラジルに単身移住。サンパウロ・マッケンジー大学経営学部中退。貿易商社、百貨店でサラリーマンを経験後に独立。保険代理店、旅行社、和食レストランの経営を経て、現在は出版社を経営。ブラジル・サンパウロ州サントス沖グアルジャー島在住。趣味:ゴルフ、乗馬、社交ダンス、カラオケ、読書、料理。twitter:@marcosshoji
カテゴリー: (ジ)人種差別がない, (ル)ルーツの多様性 パーマリンク

(1)金髪に始まったブラジル人生 への2件のフィードバック

  1. Daison より:

    ショージさん、はじめまして。
    Daisonといいます。

    偶然ですが、ショージさんのエッセイをみつけました。
    様々なエッセイを読ませていただき、とても楽しませてもらっています。
    僭越ながら感想等も含めてコメントを送らせていただきます。
    —————————————————————————————
    第一回目について

    素敵な、かつ悲しい恋物語をありがとうございます。
    恋は止められないですものね。
    当時のショージさんの落胆ぶりお察しいたします。

    ブラジルの女性。本当に積極的だと思います。
    ロイラもモレーナも、そして情熱的な黒人も一度虜になるとはまってしまう人が多いようです。

    イビラプエラ公園の写真、すごいな~。
    こんな光景に週末にでも観に行ってみようかな。。。

    • mshoji より:

      コメントをありがとうございます。
      ブラジル滞在中(在住?)の日本人の方とお見受けしました。
      コメントにある「情熱的な黒人..」には、あなたももしかして….と思ったりします。

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